第11話

 デウス堂の敷地は南北に一町には届かない、東西に半町を越えるものだ。南側に元大友家の屋敷やそれに手を加えた建物が三棟、さらに二棟の家屋が建つ。これらはすべて住居だ。北には中央に病院が建ち、伴天連(バテレン)が書面、帳簿作りや処理に当たった一棟、布教長の住居、牛小屋と下男の小屋という構成になっていると在昌はのちに知ることになるが、興味津々の態で南の建物の前であたりをうかがっていたところ、

「おまえが新しい慈悲の組員(ミゼルコルジア)か」

 と声をかけられた。まるで怒ったような声音だ。

 声のぬしは壮年の人物で、衣装の端々になにやら“しみ”をつくっている。その様は話に聞く、戦場で怪我人に治療を施したあとの陣僧を連想させた。

「いや、こちは」

「さっさと参れ、病人が待ちわびておる」

 在昌の返答を待たずにくだんの者は袖をつかんで引く。

 その場に止める者はいない。家族や仁右衛門は屋内で白湯を馳走になっている。ただひとり、在昌だけが感無量の思いがおさえられなくなって表に出ていたのだ。

 在昌は「いや、その」と抗議の声をあげようとするが、「なんだ」とこちらを一瞥した壮年の男の激しい怒気をはらんだ視線に射すくめられ結局、文句を呑みこんだ。

 そのまま、北の建物へと連れていかれる。

「ここが病院だ」男は聞きなれない言葉を口にした。

「病院」

「病を得た者を、対価をもらわずに医師が施術するのだ」

 在昌の疑問の声に男が以外にも丁寧な口調で応じる。どうも怒っているというより、そういうふうに感じられる態度、口調を常のものとしている人間らしいと在昌は推測した。

「対価を受け取らずに」在昌は衝撃をおぼえる。

 たしかにアルメイダに妻の命を無償で救ってもらった身ではあるが、あれは火急の折だった。それを常時おこなっているとは信じられない。

「アルメイダ様のご尽力により、病院は建てられたのだ」

「アルメイダ様の」

 どこか誇らしげな男のせりふに、なるほど、と在昌は得心がいった。

 アルメイダの医術、後世でいう外科の業前の評判は病院開設から半年もたたないうちに京にまでひろがったという。彼は開院当初からひそかにマカオ貿易組合と提携し、生糸貿易に多額を投資して生糸を仕入れていた。そしてこれを売却しその利潤を病院の運営に当てていたのだ。

「されば、アルメイダ殿がおわす折にはあの御仁が医術をほどこされておられるのか」

 在昌の問いかけに男の表情が苦渋に満ちたものとなる。

「医療禁令が出されたため、アルメイダ様は病院において施療することはない」

「アルメイダ殿が施療なさらぬ」

 意味がわからず在昌は相手の言葉を茫洋とした口調でくり返した。

「『最高宗門会議』で定められたのだ。伴天連(バテレン)は人間の生命に直接かかわる施療にかかわってはならぬと。伴天連(バテレン)は死すべき宿命を持った人間の永遠の救済こそが真のつとめで、現し世での肉体の生死を左右してはならぬ、ということだ」

 男の顔がさらにけわしいものとなっていた。ただ、その瞳にはやりきれなさがにじんでいる。

「先ほどのおまえの反応からすると、どこぞでアルメイダ様の医術について見聞きしたらしいが、あくまで表向きはあの御仁は“医術”にかかわっておらぬ。よいな」

 一転、彼はこちらに脅しかけるように告げた。

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