第8話
三
フロイス一行との別れから数日が経った。
寒さが肌を刺すが、雲一つない青天のもとで聞く潮騒のひびき、うみねこの甲高いの歌声を聞いていると風もないために晴天からふりそそぐの陽射しもあって心地いい。
鄙ではあるが船の往来の多い瀬戸内の海に面する伊予の湊、船着場には大小の船があつまり周囲には人の往来が多い。その一角で在昌の家族は一塊になって船出を待っていた。その顔に一様に浮かぶのは笑顔だ。原因は在昌の妻、ほのが抱いている赤子、晴丸(はるまる)にあった。
子どもと呼ぶ年齢の終わりに近い息子、娘たちだが、それでも無垢で無邪気な幼い命には望外のよろこびを面(おもて)にあらわしている。母を取囲むようにして赤子をのぞき込み、彼が表情を変えたり意味のない声をもらしたりするたびにおどろき、笑い、つまらないことを憂慮する。
「こんなに小さいのにこちと同じ背丈まで育つのですね、母上」
「そなただけでなく、わたしや父とならぶ上背にまで背がのびるのですよ」
といったやり取りや、
「母上、晴丸はこちの指をしゃぶります」
「そなたもこのくらいのときは同じことをしていたのですよ」
といった言葉が交わされ、
「は、母上。晴丸(はるまる)が火がついたように泣き出しました、いかがしたのでしょう」
「お腹が空いたのかもしれませんね」
などというせりふが飛び交った。
赤子だけでなく、末子のことで一喜一憂する長男、長女、次女たちも最愛しく自然と在昌の口角があがってくる。
それはほのも同じらしく、かたわらにたたずむ良人に向けた視線は幸福に満ちていた。
が、温かい気持ちに包まれていた在昌の身体が突如として硬直する。視線はふと向けたあさっての方向、往来の一隅に釘付けになっていた。
彼が凝視しているのは人通りのなかのひとり、一見なんの変哲もない男だ。
あの仁は――中肉中背、取り立てて特徴のない顔立ちと平平凡凡を形にしたような外見をしているが、そのなかで無明の闇のような昏いまなざしだけが異彩を放っている。確かに見覚えのある顔貌だ。それは勘解由小路家の養子となり在昌の兄、嫡子となった在種が死んだ折に目の当たりにしたものだ。
ずばり、兄を殺めた下手人として。
身なりこそ行者のものでかつてと違うが、忍び装束を着せればまごうことなくあのときに在昌が目撃したそれと一致していた。
自分が三〇代だったころの記憶が瞬間的に甦る。
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