第3話
「勘解由小路氏」そんな彼の思考をさえぎるように仁右衛門が声をかけてきた。その声音は弱り果てたようなものだ。
「たしかに下男としておぬしに同道いたしておるが、子どもどころか赤子の世話まで焼かされてはかなわぬぞ」
「なにをもうす、生まれた赤子を抱いて感極まった顔をいたしておったのはどこの御仁かな」
在昌は、ほのが子を産む場に居合わせ出産を手伝ったときの彼の表情を思い出しておかしくなった。おのれのせいで妻が往生している、とこわばっていた頬がゆるむ。
仁右衛門は引き締まった体つきをし、背丈もなかなか高く顔立ちも精悍なのだがどこか飄(ひょう)げたところがあった。所帯じみたところがないせいか、四〇代半ばの在昌と歳が変わらないというのに若々しい彼の顔貌は壮年にも見える。
あるいは、それはこの仁の “生業”に由来するのやもしれぬが――。
とにかく旅のおおいなる助けとなっているのは確かだ。だから、
「殺伐とした生を生きてきたがために、命が生まれ落ちた瞬間というものにひどく胸を打たれた。それに子どもになつかれるというのも初めてゆえ」
という仁右衛門の言葉を在昌は素直に信じる。
「まるで叔父御のごとくそちのことを好いておるよ、子どもたちは」
「叔父御か」在昌の発言に仁右衛門はまんざらでもない顔をした。
が、子どもたちが距離を置いているのを確認すると表情をまじめなものに変える。
「して、ご新造の加減は」
仁右衛門の質問に対する返答に在昌は少し間を空けた。「よくはない」
さようか、と仁右衛門は同情するようすを見せる。
「もしやすると、頼りになるやもしれぬ仁の話を先ほど通りがかった行商人から耳にした」
「医師(くすし)でも近くにおられるのか」
耳よりな話に接したとたん、在昌は掴みかからんばかりの形相で言葉をかさねる。
「医師、ではないやもしれんが」
仁右衛門の返答に在昌はまゆをひそめる。
「なんでも南蛮人が近くに来ておるとかで。かの者たちを泊めた屋敷の者の不調を薬を煎じて治してみせたとか」
「南蛮人とな。どのような身なりをしているかは聞いたか」
在昌は祈るような心持ちでたずねた。
正直なところ薬を購うような持ち合わせはない。だが、“彼ら”であればあるいは、という思いがあった。
「うむ、黒ずくめの格好で奇妙な装身具を身につけておるとか」
「まことか」
「見たわけではないからしかとはいえぬが」
意気込んで聞く在昌に仁右衛門はややたじろぎながら応じる。
これは神(デウス)のお導きか――在昌は思わず敬虔な心持ちとなり十字を切った。
そう、深く帰依しているわけではないが、彼は陰陽道の大家の家に生まれながら耶蘇教に帰依しているのだ。
切支丹陰陽師、勘解由小路在昌、四十四歳。
彼はいま豊後に向かう旅の途上にある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます