第4話

 在昌は家族のことを仁右衛門に頼み、例の南蛮人のもとへすぐにおもむいた。目立つ彼らのことだ、近隣の者に居場所をたずねればすぐにいずこに滞在しているかは判明する。

 百姓家で住人に訪問した理由を告げると、すぐに南蛮人たちとの対面が叶った。

 ふたりの南蛮人と、これはのちに知るのだが“同宿”という伴天連(バテレン)を手伝って宣教の任に当たっていた日本人門徒の少年と、中年の下男の計四人が狭い一室に押し込められていた。

 だが、農具に等しいような扱いを受けていても在昌の目には彼らの姿が救いの神に見えた。

小刻みに身体がふるえ出し、目頭が熱を帯びる。球帽子、袖のたっぷりとした上衣、それにカソックという名の下衣、南蛮人の身なりはまさしく“切支丹”の物だ。

 ふたりいる切支丹のうちの片方、長身で知的な風貌をした南蛮人が口にくわえていた煙管の全長を短くし、代わりに全体的に太くしたような代物を手に取った。のちに在昌はそれがまさしく南蛮の煙管、パイプであると知ることになる。

「薬をご所望とお聞きしたが」同宿の通詞を介し長身の南蛮人が話しかけてきた。

 在昌は勢い込み木製のロザリオをふところから取り出して掲げる。門徒の証である品を目の当たりにし、屋内に居合わせた切支丹たちの目が見開かれた。

「私はヴィレラ様に師事しております、マノエル在昌ともうす者にございます」

「それは本当ですか。それに、我らの言葉を話せるのですね」

 例の道具を手にした南蛮人がおどろきと感動の入り混じった声を出した。

「本当でございます」「よく参られましたね」

 在昌の返答に、南蛮人は何度もうなずく。と、そこでなにかを思い出した顔つきになった。

「わたしはアルメイダともうします。それで、今回はどういったご用件でまいられたのですか」

「実は」在昌は数日前に妻が子を産んだこと、それ以来、体調を崩していることを告げる。

「それは心配ですね」

 アルメイダは自分のことのように心配してみせ、

「薬を用意しますので奥方様に飲ませあげてください」

 快く薬を分けることを承知した。

 その返答に、在昌は崩れ落ちそうになるほどの安堵をおぼえた。まだ妻が回復したわけではないが、それでもなんの手立てもなくただ見守るしかなかったことを考えると脱力せずにはいられない。

 そんなやり取りを耳にし、

「素晴らしいおこないですね、アルメイダ。それになんという奇遇。困った伊留満(イルマン)に行き合うなど。これも神の思し召しでしょう」

 もうひとりの南蛮人、のちに聞いたところによるとフロイスという名の司祭(パードレ)が誰よりも感極まったようすで叫んだ。ふところから羊皮紙の束を取り出し、怒涛の勢いでなにやらつづりはじめた。

 なんというか、変わった御仁のようだ――在昌は自分よりも興奮する人物の出現に、少し“引いて”しまう。

 何事も大仰に考えるのはフロイスという人物の人柄というものだ。それは彼の残した書物からもうかがうことができる。

 それはともかく、

 よかった――。

 在昌は安堵の言葉を万感の思いで胸のうちでくり返した。


 それからすぐに、彼はアルメイダから薬を受け取って妻のもとに一散に駆けもどった。

 薬を飲ませてからしばしすると、妻の体調は見事に回復した。

 顔色がよくなったほのを目の当たりにし、在昌は思わず涙を流して子どもたちに笑われる仕儀となる。だが、子どもたちもまた次第次第に透明なものをあふれさせ、さらにはほのまでも泣き出し、最後には家族全員で泣き笑いの表情を浮かべることとあいなった。

 仁右衛門が温かい顔で脇にひかえて静かに彼らを見守っていた。家族の輪から少し距離を置きながらも、彼の瞳もまた潤んでいる。

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