第7話 黒魔女ラストワン 編

黒魔女ラストワン_1

「あっ、しまった」

 黒魔女亭の地下の研究室で、黒魔女はうっかり手を滑らせ持っていた瓶を落としてしまう。

 中には魔法で作ったほんの少し浴びただけであらゆる生物が即死する猛毒のガスが凝縮されていた。

 バリーンと大きな音を立て瓶が割れ一瞬にして研究室内が毒ガスに満たされる。

 毒ガスを間近で浴びた黒魔女は死に、黒い光となって四散した。

 直後、天井辺りから黒い塊が降ってきて着地するとそれは黒魔女の姿になる。

「いやはや、うっかりしましたよ。私とした事が」

 すぐさま黒魔女は研究室内にある魔法で作った空気清浄機を作動させ、毒ガスを分解する。

 その間、しばらく黒魔女の体はチカチカと点滅して半透明のように見える状態だった。

 復活直後の無敵時間である。

 黒魔女は夢幻衣血亜津譜という魔法を使い、己の魂を増殖させており、死んでもその場ですぐに復活できる。

 さらに、今回のような状況ではハマって何度も死なない様に復活から一定時間は自動的に無敵状態になる救済措置もあらかじめ施されている。

「瓶の破片も片付けなくてはいけませんし、今日の研究はここまでにしますかねえ」

 そう言って長く伸びた髪を魔法で操り、箒と塵取りを使ってさっと破片を片付ける。

「じゃあ、次は採取に出かけましょうか」

 黒魔女は素早く身支度を済ますと、ケンに出掛けてくるとだけ伝え、街の外にあるファイアブレイク火山まで向かった。

「おや、あんたこれから山に入るのかい?」

 山の麓で、通りすがりの街人から声を掛けられる。

「ええ、そのつもりですが」

「そうかい、最近噴火の兆候があり良く揺れるので落石に注意するんだよ」

「落石ですか、ご忠告ありがとうございます。まあ問題無いでしょう」

 空を飛んで頂上まで行く事は出来たが、道中にも採取できるものがあるかもしれないので歩いて上る事にした。

 歩いていると地鳴りがして、地面が大きく揺れる。気にせず歩くと言われた通り

崖の上からいくつもの岩がごろごろと転がってきた。

「おや、予想していたより盛大に転がってきますねえ、まあ、避けるのもめんどくさいですし、ここはあえて喰らって死んでその後の無敵時間を使って強引に進んだ方が

早いですねえ」

 黒魔女はそのまま進み転がってきた大岩の直撃を受け死んだ。

 そしてすぐさま復活し、何事も無かったかのように進んだ。

 しばらくすると開けた場所に出る。

そこには火山に住むモンスターたちが何体も徘徊していた。

モンスターたちは黒魔女を見つけると獲物だと言わんばかりに目をギラつかせ、取り囲む。

「う~ん、戦うのもめんどくさいですし、あんまりたくさん殺すと生態系に変化が出てしまう可能性もありますからここは死んでその後の無敵時間を使って強引に進んだ方が早いですねえ」

 黒魔女は一斉に飛び掛かってきたモンスターの攻撃を受け死んだ。

 そしてすぐさま復活して点滅中に小走りでその場を抜ける。

 やがて頂上の火口まで来る。そこでは溜まったマグマが赤く輝いていた。

 その中央辺りに溶岩とは違う宝石の様に赤く輝く石が浮いている。

「おや! あれは100年に1度マグマの中で生まれる事があると言われる魔法石、

マッカッカッカではありませんか、これはラッキーですね」

 黒魔女はそれを採取しようと火口に近づく。

 急激に周囲の温度が上がって行き、魔法で髪を伸ばして魔法石を取ろうとするが

マグマの熱で焼け焦げてしまう。

「う~ん、魔法を使うのもめんどくさいですし、ここは死んでその後の無敵時間を使って強引に進んだ方が早いですねえ」

 黒魔女はそのままマグマに歩いて突っ込み死んだ。

 そしてすぐさま復活してマグマの上を跳ねるように進み、無事魔法石を入手した。

 黒魔女はこの復活能力ゆえ死に対する危機感がほとんど無くなってしまっており、

さらに復活後の無敵時間の有用性が高さから危険な状況や急いでいる時は死んだ方が早いと、ここしばらく安易に死にまくる日々を続けていた。

「えーと、これとこれ? を混ぜるんでしたっけ」

 採取から帰った次の日。この日も黒魔女は研究室で2つのビーカーを使い魔法薬を混ぜ合わせていた。

 するとそれは急に光を放ち出す。

(あっ、これ調合間違えましたね。死ぬレベルで爆発する奴です……まあいいか)

 黒魔女はいつものように一度死んで復活すれば良いだろうと、そのままやり過ごそうとする。

 しかし、魂の数は本当に無限というわけではない。作った分だけしか増やせない。充分溜めておいたつもりだったが、ふと気になって黒魔女は爆発までの刹那の時間、現在の残機を確認した。

 黒魔女×1

「ホアアアアアアアアアアアア!?!?!?」

 残りの残機が1しかない事に気付いた黒魔女は奇声を上げながら爆発寸前のビーカーを部屋の端に投げ捨て手前にあった机を蹴り倒しバリケードのようにするとその陰に伏せた。

 直後、投げ捨てたビーカーの中身が大爆発を起こす。

 黒魔女亭を揺らすほどの衝撃が起き、研究室内が煙に包まれる。

 しばらくしてから、机の影から灰まみれになった黒魔女がゆっくりと体を起こす。

「ケホッケホッ。あ、危ない危ない……。死ぬところでした……。まさかいつの間にか残機が残り1になっていたとは、さすがにちょっと無駄遣いしすぎましたかねえ」

 黒魔女は早く残機を増やしておかないと、と研究室はそのままにして体の灰を払いながら部屋を出る。

 夢幻衣血亜津譜の方法は色々あるが黒魔女は主に亀の甲羅を階段で弾いてその上をジャンプし続ける方法を取っていた。

 黒魔女は残機を増やすため、亀を調達しに街に出る事にした。

1階へ繋がる階段を上がると今の爆発音を聞いて様子を見に来ていたうさみと鉢合わせる。

「う……うさみ……!」

 黒魔女の顔に若干の焦りの表情が生まれる。

「お館様、また変な実験しましたミ? さすがに今の爆発は大きかったのですミ。

今はヘル子ちゃんが遊びに来ているので気を付けて欲しいのですミ」

 自らが作った人造人間、うさみ。

 彼女の秘めたるポテンシャルは実はそれなりに高い。

 だからと言って普段であれば黒魔女の脅威などにはまるでなりえないのだが、今日は違う。一瞬の油断が命取りとなりかねない。

うさみが今、黒魔女が設計した通りの本来のポテンシャルを発揮して、残機1となった黒魔女を本気で殺しにくれば、それは脅威になりえる。

 実際、過去に油断して1回殺されている。

 そして兼ねてから、うさみは倫理、道徳的に極めて問題のある黒魔女に殺意を抱いている。

 今の黒魔女にとって、うさみは自分を殺しうる、恐るべき怪物クリーチャー足りえた。

 身の安全を最優先するならいっそ先手を打って破壊してしまうべきかと言う考えが

一瞬頭をよぎったが、うさみは自分で作った作品であり、それなりに手間と時間をかけて製造したものだ。

 さすがにそれはもったいなかったので黒魔女は事態を悟らせないよう、咄嗟に焦っていた表情を取り繕う。

「あ、ああ、ごめんなさいね。今度から気を付けます。今日はもう危険な実験はしませんから安心して遊んでいなさい」

「……? なんか今日はやけに素直ですミね。何かありましたミ?」

「い、いえいえ。そんな事ないですよ。何もありません、いつも通りです」

「ふーん、ですミ」

 うさみは黒魔女の顔色を窺うようにじっと目を見つめてくる。

 黒魔女は緊張を悟らせないよう目を逸らし、しばし耐えた。

「ふーむ、余程こたえるような失敗をしたんでしょうミねえ。お館様でもそんな事もあるのですミねえ。いい気味ですミ」

「え、ええ。本当に、私とした事がねえ」

 最後のいい気味ですミという文言には軽くイラっとしたが、うさみは勝手に納得して身を翻し、自室の方に帰って行ったので黒魔女は胸を撫でおろし、外出するための身支度を整える。

 商店街奥にあるペットショップならば、亀が売っているはずだと、黒魔女は館を出る。

 庭ではうさみとヘル子が和気あいあいと何かを作っているのが見えたが、今はそれを気にしている余裕は無かった。

 まさかそれが、己の命を奪う凶器になるなど、この時は夢にも思わなかった。


〈続く〉

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