珍妙なる来客_3〈完〉

 ヘル子の家は住宅街にある特に目立つこともないごく普通の一軒家である。

「ただいまー!」

 玄関を開けてヘル子が家に入る。

 少しして玄関奥の扉からエプロンで手を拭いながらヘル子の母が現れた。

「はーい、お帰りなさい。あらうさみちゃん、いらっしゃい。あら? えーと、

そちらの方は?」

 ヘル子の母がうさみの後ろの永杉に気付きそう言うと、永杉はうさみとヘル子を

すり抜けるように超スピードで前に出て、お辞儀をしながら丁寧に名刺を差し出す。

「私、こういう者です」

「あらまあ、これはご丁寧に」

 ヘル子の母は名刺を受け取りそれを読む。

「ポコンチャーズ……?」

「はい! 主にちんこのグッズの製造、販売を行っております。お母様はちんこは

好きですか?」

「いきなり人妻になんて事聞きくんですミ?」

「ちんこねえ…ここしばらくは主人の仕事が忙しくて、

すっかりご無沙汰なのよねえ・・・」

「お母さん!? 今はそんな返しする場面ではないのですミ!! 

TPOをわきまえますミ!!」

「むう……と、言う事はつまり、最近はうんこ派という事でしょうか?」

「うんこねえ……最近便秘がひどくて……そっちもすっかりご無沙汰なのよねえ…」

「お母さん!? そんな話を見ず知らずのおっさんにするべきではないのですミ!! TPOをわきまえますミ!!」

「それはちょうど良かった。今我が社の教材セットをお買い上げ頂くと、

おまけで便秘薬がついて来るキャンぺーンも実施中なんです」

「教材セットに便秘薬つける意味が分かんねえですミが!?」

「へえ、教材。それはつまりうんこの教材って事かしら?」

「いえいえ! 違います! ちんこです! ちんこの教材です!! うんこは敵!!」

 永杉は慌てた顔で訂正する。

「ああ、そうね。そうっだったわね」

「まあ、お母さんが間違えるのも無理はありません。今、この社会の中でちんこは

うんこに飲み込まれつつあります。ですが、我が社はその逆境に楔を打ち込み、

起死回生を図るべく、社運を賭け! 我が社の叡智を結集し! 学生用の新商品として

ちんこの教材を開発したのです! 最近ではすっかり下品な下ネタとして、

敬遠されつつあるちんこを逆に教養を付けるために利用しようという逆転の発想を

以て作られた、渾身の一品!」

 永杉は仰々しくジュラルミンケースから書籍の束を取り出して掲げる。

「その名も! ちんこ漢字ドリルです!」

「思いっきりうんこのパクリ商品じゃねーかですミ!!」

 ヘル子は早速それを手に取りパラパラとめくる。

「あはははは! なにこれ面白ーい!」

「ヘル子ちゃん! そんなもの読んではいけないのですミ!」

「へえ、なるほどねえ……」

 ヘル子の母も数冊ある内の1冊を開き、眺める。

「なかなかよくできた教材だとは思うけど、この年であんまり勉強漬けに

するのもねえ。まだお受験には早いし、この子にはのびのび育って欲しいと

思っているから」

 そう言ってヘル子の母はゲラゲラ笑いながらちんこ漢字ドリルを読んでいる

ヘル子を見つめる。

 しかし永杉は首を横に振ると真面目な顔になりヘル子の母に語り掛ける。

「いえ、私たちの狙いは勉強をさせる事ではありません。……僕は子供の頃、

いわゆるガリ勉で、毎日勉強ばかり……にもかかわらず受験に失敗し、

希望の学校に入れませんでした、滑り止めで受けた学校の入学式の前日、

とても落ち込んで一人さみしく公園のブランコに乗っていたら、

一人の男がやって来たんです。その人は、まだ暑い季節だったのにロングコートを

着ていて、僕が不思議に思ってその人の方を見ると、近づいて来て、ゆっくりと

コートを開いたんです。そしたら……っなんと……プッ……フフッ!その人、

ククッ、フルチンで……!チンコ振りまわして踊って……!!!!

クッッッッッッッッッッッッッソ笑いましたよ!!!! ブランコ飛び降りて地面

転げまわりましたよ!!!! 今思い出しても笑ってしまう!!フフッ、ハハハハッ!!!」

「いやそれ変質者じゃねーかですミ!!!!! 通報しろよですミ!!!!!!」

「翌日、入学式でそれを真似したら学校一の人気者になれました」

「どんな底辺校入ったんですミ!?」

「それからはもう、最高の学園生活でしたよ。いやあーほんと楽しかったなあ、

学生時代」

 そう言って永杉は遠くを見つめるように顔を上げる。

「学生時代、私もいろいろあったわねえ……懐かしいわ」

 そう言ってヘル子の母も遠くを見つめるように顔を上げる。

 空中で二人の視線が交差する。

「きっと今の子供たちも様々な悩みや不安を抱えている事でしょう。だからこそ

勉強、スポーツをはじめ遊びや日常生活の中に少しでもちんこを混入することで

ちんこグッズの数と共に子供たちの笑顔をもまた増えていく、我々はそんな世界を

夢みて活動しているのです」

「なるほどねえ……」

 ヘル子の母は少し俯いて遠思案した後、顔を上げる。

「そうね、じゃあ……頂くわ、ちんこ漢字ドリル」

「!! ありがとうございます!!!!」

「えっ、私いらないよ?」

 ヘル子は土壇場で永杉を裏切った。

「じゃあ、おかあさんがやるわ。ちょっと、昔を思い出しちゃって。それに、昔

習った漢字って結構忘れちゃってるのよね」

「ならば、こちらもいかがですか? ちんこ算数ドリル」

 そう言って永杉がジュラルミンケースから新たな冊子を取り出して渡すと、

ヘル子の母はそれを手に取りパラパラとめくる。

「まあ、こっちも面白そうね、他にはないのかしら」

「理科を学べるちんこサイエンスと歴史を学べるちんこ三国志なんてものも

ございます!」

「一式全部頂くわ」

「ありがとうございます!!」

「お母さん財布の紐緩すぎませんミ!? こういうのはお父さんとも相談した方が

良いのではないのですミ!?」

「大丈夫。うちの主人はこういうのには寛容だから」

「ヘル子ちゃんの家庭の財政は大丈夫なんでしょうかミ……」


 結局ヘル子の母はちんこ教材セットを購入し、永杉は他の商品にも興味が

ございましたら是非とちんこグッズカタログを置いて帰って行った。

「まったくですミ……今日はせっかく家に誰も居ないからうさみの家で軽いパーティでもやって遊ぼうと思っていたのにですミ……」

 ヘル子は永杉が置いて行ったカタログに夢中になってしまったので

うさみはそのままヘル子の家で遊ぶことにした。

「見て見てうさみちゃん。ちんこの絵が描いてあるパンツだって! うさみちゃん

買って穿けば?」

「買うわけないのですミ! 穿くわけがないのですミ!」

 ヘル子は自室で永杉が置いて行った最新ちんこグッズカタログをけらけら

笑いながら読んでいる。

「ヘル子ちゃん、もうそんなもの読むのはやめるのですミ。お人形で遊びますミ」

 うさみはヘル子のおもちゃ箱からドレスを着た半魚人の人形を取り出す。

「えーこれ面白いから、うさみちゃんも一緒に読もうよ」

「嫌ですミ」

「えー面白いのにー。 あ、これ見て、ちんこ型の便座!」

「どうやって座るんですミ?」

「うさみちゃん買って確かめてみたら?」

「買うわけないのですミ。というかさっきからうさみに進めてばかりですミ。

自分で買おうとは思わないのですミ?」

「うーん、面白くはあるけどお金出してまでは欲しいとは思わないかなあ」

「ヘル子ちゃん……意外と堅実ですミ……。というかそれならうさみにも

買わせようとすんなですミ!」



第6話 珍妙なる来客 編〈完〉

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