第6話 珍妙なる来客 編

珍妙なる来客_1

「おはようですミ」

 昼も近くなってから目を覚ました人造人間うさみは、寝室から出て黒魔女亭の

リビングに朝の挨拶をしながら入る。

 普段からこの時間は館の主である黒魔女は地下室に籠っており、同居人のケンは

家事や買い物などに追われてリビングに誰かが居る事はほとんどない。

 挨拶が返って来ることは稀であり、その日も無人であった。

 だが、いつもとはほんの少し館の雰囲気が違うのをうさみは感た。

「おや? ですミ」

 うさみはテーブルに置き手紙があるのを見つけ、それを手に取る。

「ケンさんの字ですミ」

 ――うさみへ

 今日は町内会の集まりがあるので夕方過ぎまで帰りません。

 お館様も昨日の深夜から採取に出掛けていていつ戻るかかわからないので

出かけるなら戸締りをよろしくお願いします。――

 置き手紙にはそう書いてあった。

「今日は2人とも出かけているのですミか」

 それを知ってうさみは少しテンションが上がった。

 別に普段から家に居ても他の2人と関わる時間はほとんどなく、自由に過ごしても何か咎められることは無い。

 それでもやはりあからさまに遊び惚けている様を見られるのは後ろめたさが

あるもので、今日は堂々とだらだら出来るとうさみは小躍りした。

 早速リビングのソファで横になろうとするが、不意に黒魔女亭のドアノッカーが

鳴らされた。

「なんですミ。人がせっかく気持ち良く怠けようとしているのにですミ」

 とは言え無視するわけにも行かないか、とうさみはしぶしぶと玄関へ向かう。

「はーいですミ」

 うさみが玄関の扉を開くとそこに立っていたのは、パリッとしたスーツを着て、

茶色い髪を七三に分け、メガネを掛けた長身痩躯の20代半ば程の男であった。

高級そうなジュラルミンケースを持っており、やたら姿勢が良い。

「どうも! 初めまして! 黒魔女様のお宅でございますね!? 私、こういう者です!」

男は非常にハキハキとした声でそう言うと、一度足元にジュラルミンケースを置き、

頭を下げながら両手で丁寧に名刺を差し出した。


 株式会社ポコンチャーズ

 第一ちんこ開発室 

 室長 永杉 珍考


 うさみはそう書かれていた名刺を丁寧に受け取るとそのままゴミ箱に捨てた。

「あのー、この作品は割と何でもありのハチャメチャコメディを銘打っているの

ですミが、こういう露骨な下ネタは一切やらない方針ですミので…………

帰って貰えますミ?」

 それを聞いた永杉は顔に手を当てて上を向き、大きなため息をつく。

「はーーーーーーーーーーーーー、既にこの街もそのような愚かなプロパガンダに飲み込まれているとは……。噂に名高い黒魔女様の慧眼であれば本質を捉えた正しい

価値観で物事を見極められていると思っていたのですが。……失礼ですがあなたは

黒魔女様ではありませんよね? 使いの方でしょうか?」

「使いの者ではないのですミ。うさみはお館様、つまりあなたの言う黒魔女によって作られた悲しき怪物クリーチャー、人造人間うさみですミ」

「なるほど、人造人間の方でしたか、であればそのような低俗なプロパガンダに

飲み込まれてしまうのもやむを得ないのかもしれません」

「さっきから言ってるそのプロパガンダというのは、何の事ですミ?」

「プロパガンダというのは社会に伝わる情報をコントロールし、民衆や特定の主義や思想に誘導する事を言います」

「それは知っていますミ。うさみが聞いたのは一体どんな主義や思想に飲み込まれているというのか、という事ですミ」

 永杉は「ああ、そちらでしたか」と言った後、軽く咳ばらいをしてから話し出す。

「ちんこに対する今の世の中の偏見ですよ。かつてちんこはうんこと並ぶ、

子供たちの2大面白コンテンツでした。それが昨今では様々な規制や偏った意見の波に飲まれ、ちんこはすっかり卑猥な悪者にされ、社会から淘汰されつつあります。

うんこばかり持て囃され、様々なうんこグッズが街に溢れて好評を博しているのに、ちんこの勢いは萎え衰え、どんどん縮小しています。ちんこだけに」

「うるせー黙れですミ」

「このままでは、やがて全世界でちんこというちんこが根絶やしにされ、

どこもかしこもうんこまみれになってしまう!! 絶対にそんな事を許すわけには

行かないのです!! そうでしょう!?」

「まあそれはそうですミが」

「ですから、再び世の中に正しいちんこのありかたを広め、

この街……いえ! 世界中をちんこまみれにしようと、私たちは日々活動を続けて

いるのです。それで、、世界を牛耳る程の力を持つと言われている黒魔女様に、

是非ちんこグッズの共同開発のご相談をさせて頂こうと……!」

「そんな世界も御免こうむりますミ。残念ながら、いや、幸運なことに

お館様は今日は外出していますミ。いつ戻るかもわかりませんミ」

「そうでしたか……ではご相談の件は日を改めてまた参ります。……ところで、

うさみさんはちんこにご興味はおありですか?」

「毛頭ございませんミ」

「なるほど、それは良かった! ではこれから興味を持って頂くいい機会ですね!」

「都合よく解釈すんじゃねーですミ! 今までもこれからも興味など持つはず

無いのですミ!」

 永杉は勝手に玄関に座り、高級そうなジュラルミンケースを開くと中から何やら

小さな札のようなものが複数入った袋を取り出して床に広げる。

「なんですミ。これは」

「我が社の新商品。ちんこめんこです。めんこをちんこ型にした、アイディア商品

です!」

「く……下らなすぎますミ……!」

「いかがですか、今なら1セット10枚入りが定価5000円のところ、特別セール価格の

100円です!」

「定価高すぎだろですミ!! それが100円てどんだけ売れてないんですミ!?」

「うーん、時代の先を行き過ぎてしまったのでしょうか、全然売れなくてかなり

在庫がかさばってしまっているんですよ」

「こんなもん無料ただでもいりませんミ」

「ふむ、ならば、どうでしょう? 逆にこちらがお金を払いますんで、引き取って

もらえませんかね? 1億セットも生産してしまったんで会社の倉庫がパンパン

なんですよ」

「一体どれだけの人間にこんな下らねーもの売るつもりだったんですミ!?

とにかく微塵もいらないのでとっととお帰りくださいですミ」

「そうですか。では、残念ですが今日の所はこれで。我が社が開発した最新の

ちんこグッズのカタログを置いて行きますので、興味を引くものがありましたら

すぐにご連絡下さい。今なら商品一つお買い上げごとに、ちんこめんこ100パック

がついてくるキャンペーン実施中ですので」

「いらねえっつってんだろがミ」

「それでは、黒魔女様にもどうぞよろしくお願い致します」

 永杉は礼儀正しく頭を下げる。

「……わかりましたミ」

 絶対に黒魔女に取り次ぐ気など無かったが早く帰って欲しかったので

うさみは素直に返事をしておいた。

「では、失礼します」

 永杉はそう挨拶すると黒魔女亭の玄関を後にする。

 うさみも玄関の外まで出て、永杉を見送る。ちゃんと帰っていくか念の為、

確認する為だ。

 永杉は綺麗な姿勢で歩き黒魔女亭の門のところまで行くと突如声を上げた。

「あっ! 小学生だ!!!!」

 うさみは目を凝らし永杉の視線の先を追う。

 門の向こうの道に居たのはうさみと遊ぼうと思ってちょうど黒魔女亭の所まで

やってきていた、うさみの友人、地獄谷ヘル子であった。

「現地の小学生にちんこグッズの評価をしてもらういい機会だ! 最近は周りに

大人がいると不審者扱いされるけど、丁度一人だし! これはチャンスだぞ!!」

そう言いながら永杉は嬉々としてヘル子のもとへ走っていく。

「いや待てですミーっ!! ヘル子ちゃん逃げてですミーッ!!」

 うさみも慌てて駆け出し永杉の跡を追う。

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