聖剣女伝説Ⅱ_5

 なんやかんやで一行は扉を開き中に踏み入った。

 入ってすぐの部屋は入口の扉の大きさに反してやや狭い印象を受ける廊下のような一本道であった。

 道を進みながら一同はお互いにこのダンジョンのルールを確認する。

 1:目当てのスキルを得るためにはダンジョン最深部にあるスキルを与えるための

クリスタルがある部屋までたどり着かなくてはならないが、その部屋の前には

最深部を守るための竜、すなわちボスが待ち構えている。

 2:試練を目的としているため、冒険者が一定以上のダメージを負うと戦闘不能とみなされ、ダンジョンの外に強制送還させられ、失敗扱いとなる。パーティで参加している場合はメンバーの一人でもその条件を満たしたら、全員が送還され失敗となる

 3:ただし、ダンジョン内では自主的にギブアップする事ができる。

この場合はギブアップしたメンバーのみが強制的にダンジョンの外に転送され、

残ったメンバーはそのまま進む事が可能だが、当然ギブアップしたメンバーは

クリア時の恩恵は受けられない。

 ソラスは特にこのルールに注意を払うようにうさみに諭す。

「良いですかうさみ様。という事はある程度ダメージを受けたら戦闘不能になる前に

ギブアップをすれば他のメンバーに迷惑が掛からないという事です。スキル欲しさに意地汚く無理をしてあげく戦闘不能になってしまったらシュヴァーさんたちを

巻き込んで失敗になってしまうんです。そんな事になったらどうなるか

わかってますよね」

「……まあ、わかりますミ」

 絶対あとでギスる。なるほどソラスがメンバーの選定に拘ったのはこういう事情が

あったのかと、うさみが顔を歪めているとシュヴァーが悠然とと声をかける。

「まあ、そこまで思いつめる事は無いだろう。まずは全員でクリアすることを

最優先しよう。お互いフォローし合えば一人だけが窮地に陥るという事も

ないはずだ」

「そうですね、むしろ失敗しても死にはしないんですから。気楽に行きましょうよ」

 気楽そうに笑いながら言うイーテにアーチェが「まあそういうイーテが一番耐久力無さそうなんだけどね~」と軽口を叩く。

 しばらく進むと扉がありそこを全員が通ると扉がひとりでに閉じた。

 シュヴァーは振り返り閉じた扉に手を掛ける。

「開きそうにないな、なるほど、一度進んだら後戻りはできない、という事かな」

 その傍らでイーテが弓を構える。

「シュヴァーさん、うさみさん、敵が来ます」

 剣と盾を携え簡単な鎧を身に着けた数体のワニのようなものが二足歩行して、

部屋の奥からやって来た。

「あれは、リザードマンかな」

 シュヴァーも槍を構え、前に出る。

「さあ、うさみ様も!」

「わ、わかりましたミ……!」

 ソラスに声を掛けられうさみはソラスを構え、向かってくるリザードマンを見る。

よく見るとつぶらな瞳をしていて意外と可愛かった。

 これをこれを斬るのかとうさみの心が痛む。

「なんか斬るの罪悪感があるんですミが」

「大丈夫ですよ、うさみ様。ここに出現するモンスターはこのダンジョンによって

生成されたいわば質量を持った幻影のようなものです」

「そうなのですミか、なるほどそれなら気楽ですミ」

 ソラスの話で溜飲が下がったうさみはソラスを振るうがリザードマンはそれを

ひらりと躱しうさみの後ろに回り込み剣の先でうさみの尻を突く。

「ウギャーッ! ですミーッ!!」

 うさみはアーチ状に背中を曲げ前方に飛びソラスを抱えたままうつ伏せに倒れる。

「うさみくん!!」

 すぐさまシュヴァーが槍を振るいそのリザードマンを撃破すると

イーテが左手で弓を構え、右手を柄に添えて宙を摘まむようにして後ろに引く、

するとその軌道上に光の矢が現れて行き、右手を開くとそれが放たれた。

 それが奥に居たリザードマンの額を貫き、続けてシュヴァーと連携して

他のリザードマンたちも一掃する。

 撃破されたリザードマンは光となって四散していった。

「大丈夫かい?」

 シュヴァーはうつ伏せになっているうさみに声をかける。

「ゆ、油断しましたミ……」

 うさみは尻をさすりながらゆっくり起きあがる。

「ちょっと!? 何やってるんですかうさみ様、こんな序盤で!!

もうだめなんですか!? ギブアップなんですか!? 役立たずなんですか!?」

「重症かもしれませんミ……」

 うさみは膝をついたまま尻に手を当てて項垂れる。

「たしか、ここの中では戦闘不能までのダメージ量を可視化できるはずですよ」

イーテがそう言って胸の手前辺りの空中に手をかざすと小さなディスプレイのようなものが表示される。

そこには、イーテHP2500/2500と表示されている。

「ああ、そういえばそうでした」

ソラスも同様にディスプレイを出すと、うさみHP9968/9999と表示された。

「うさみ様! 全然余裕じゃないですか! 心配させないでくださいよ!」

 うさみ首を回しは手で尻を触りながら怪我の状態を確認する。

 人造人間ゆえ、出血はしておらず、尻も頑丈に作られているのでスカートと

パンツに穴が開いたくらいで、さしたる傷はなかった。

「大丈夫でしたミ」

 怪我の程度が大したことないとわかるとうさみはすくっと立ち上がった。

「すごい数値じゃないか。我々の数倍はある。さすが、聖剣女を扱えるだけの事は

あるんだね」

 シュヴァーは言いながら自分のディスプレイを出すとそこには、

シュヴァーHP3800/3800と表示されていた。

「成程、ではうさみ様と私が前衛になって進みましょう。

私ならバリアも貼れますし、うさみ様、次はちゃんと戦って下さいね」

「わかりましたミ」

 そうしてうさみとソラスがやや先行する形で、しばらく順調に進む。

「あ、宝箱ですミ」

 すると、奥に宝箱のような物がある部屋にたどり着いた。

「はじめて見ましたミ」

 うさみはそれを珍しそうに眺めながら近づく。

「何てこと……」

 宝箱を目にしたソラスはうさみに抱えられたまま青ざめていた。

「どうしたんですミ?」

「どうしたって……宝箱ですよ? それも一つだけです。どう考えても中の

アイテムの所有権を巡って揉めるじゃないですか……! ああ……せっかくここまで順調に絆を深めてこれたのに……」

 ソラスはこの世の終わりみたいな顔をして言う。

「おや、宝箱だね」

シュヴァー達もそれに気付き近づいて来る。

「待って! 来ないで!」

 ソラスが声を張り上げると、シュヴァー達は足を止める。

「ど、どうしたんだい?」

 シュヴァーが戸惑った様子で返すがソラスはそれには答えず

うさみに向けて小声で話す。

(うさみ様。私を振るって宝箱ごと中身を破壊してください)

(バカなんですミ?)

(だって! もしとんでもないレアアイテムだったらどうするんですか?

所有権を巡って諍いが起こり、ダンジョン攻略どころではなくなってしまいます!)

(考えすぎですミ……。最悪ジャンケンで決めればいいんじゃないですミ?)

(何言ってるんですか! それこそまさに最悪の手段ですよ! 一番理不尽でしょ! 

一番遺恨が残るでしょ! バカ! バカうさみ!!)

(言いすぎではないのですミ……?)

ソラスはひとつため息をつくと遠い目をして宙を見つめ、語り始める。

「かつて私が勇者様と魔王討伐の旅をしていた時も、そうでした。

ある日、ダンジョンの奥で女神の涙という激レアアイテムを見つけた時も

パーティーメンバーでその所有権を巡り諍いがおこりました。最初に見つけたのは

自分だ。この場所にたどり着く隠し扉を見つけたのは自分だ。そもそも自分の

魔法がなければここまでたどり着けなかった。お互いに権利を主張し合い本当に、

それはそれは醜い争いでした。勇者様は物に対する執着は薄い人なので

それが欲しかったわけではないのですが自分が泥をかぶる事でその争いを鎮めようと

パーティーリーダーとしての権限を主張し、半ば強引に自分の物にしました。

当然、パーティーの信頼関係は崩壊し、パーティーは解散。全員散り散りに

なってしまいました。しかし勇者様はバラバラになったパーティを元に戻すため私を抱え、3か月かけてパーティメンバー全員分の女神の涙を手に入れて、なんとか

パーティーを復活させたのです。

(そのまま解散すれば良かったのではないのですミ?)

(もう、あんな思いはたくさんです。たとえ私たちが泥を被ることになっても、

この宝箱は破壊しなくてはならないのです! それに、もしかしたらあの二人も

同じことを望んでいるのかもしれない。同じように宝箱を破壊しようとしている

のかもしれません)

 うさみはちらりと後方のシュヴァーとイーテに目をやるが二人とも

何やってんのこいつら? といった訝し気な視線をうさみ達に送っていた。

(この状況の方がよっぽど信頼関係崩れませんミ?)

(いいえ、あの方たちも、宝箱一つでパーティの絆が崩壊するなど、

絶対に本位では無いのです。私たちを信じて、判断を託してくれているのでしょう)

「うさみ君? ソラス君? どうしたんだい?」

さすがに見かねて、シュヴァーが声をかけてきた。

(うさみ様! さあ! もうやるしかありません! 私たちの……パーティーの絆を!!

守ってください!!)

(解りましたミ……やりますミ……!)

 うさみは半ば自棄になってソラスを振るう。

 それを見てイーテが「えっ?」と声を上げる。

「砕け散れええええええええええええええ!!!!」

  振り下ろされながらソラスが叫ぶ。

「グギャア!!」

 聖剣女クラウソラスの刃が宝箱にめり込み

 歪んだ宝箱から気味の悪い声がする。

「こ、これは!?」

 ソラスは横目でそれを見ながら目を見開く。

「ミミックか!」

 ミミック。宝箱に擬態し、それを開けようと近づいてきた人間に襲い掛かる

モンスターである。

 シュヴァーが槍を構えミミックに向かうと、イーテもそれに続き、撃破する。

「最初の一撃が効いていたね。さすがだよ」

「でも、外から見ただけでミミックだと判別できる何て、すごいですね」

 シュヴァーとイーテが賞賛の声を上げる。

「なるほどー、こういうパターンもあったんですね」

 ソラスが安堵した表情で言う。

「擬態したモンスターですミか……まあ結果オーライで良かったですミが……

宝箱くらい普通に開けたいですミ……」

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