聖剣女伝説Ⅱ_3

 その後もしばらく2人で冒険者たちを観察しうさみが頼もしそうな冒険者を推すが

ソラスはやれ椅子をもどさないだのにんにく料理を食べているだの他人の近くで

カレーうどんを食べているなどと文句をいい一向に声をかける相手が決まらない。

「さすがにそろそろ決めますミ。多少難があったとしてもうさみ達だけで行くよりはマシなはずですミ」

「甘いですよ、うさみ様。ダンジョン攻略と言うのは仲間を集めるところから

既に始まっているのです。烏合の衆ではダンジョンを進んで行くうち、

手柄の奪い合いや責任のなりつけ合いで、最悪殺し合いに発展します」

「いや、さすがに考えすぎではないのですミ……?」

 あきれるうさみにソラスは遠い目をして、語り出す。

「私が昔、魔王討伐の為に共に旅をしていた勇者様は本当に気の利く方でした。

私や他のパーティメンバーだけでなく、街行く人々にも、本当に良くして

いらっしゃいましたよ。その心労で自律神経が崩壊し精神科に通ってたくらいです」

「そんな状態で魔王討伐の旅なんて行かせんなですミ!」

「いえ、逆だったのです。自律神経失調をこじらせた勇者様はさらに強迫神経症を

発症してしまい、日々魔族に苦しめられる人々の事を考えると夜も眠れず、

息抜きで趣味や遊びを楽しむこともできなくなりました。

そして、それを解消するためにはもう魔王を討伐するしかないと追い込まれ

ただひたすら一心不乱に魔王討伐に勤しみ、やがて己の心の平穏と共に、

世界の平穏をも取り戻したのです」

「上手い感じにまとめんなですミ!! そんな昔話は良いのですミ。

今は今日の事を考えますミ。このままじゃ日が暮れてしまいますミよ、

日を跨いでまで探すつもりなんですミ?」

「うーん、まあそれはそうなのですが……」

ソラスは悩まし気に腕を組む。


 その時ふと部屋の中が静寂に包まれたかと思うと、それを打ち消すように

バタンというがした。

 うさみは振り向くと高貴そうな服を着た黒髪の女性がメニュー表を落としていて

傍らの黒いスーツのような服を着た同伴者の男がそれを拾い、手でパシパシと

音を立て軽く払っている。

「何……だと……?」

 ソラスはそれを目を見開いて睨む。

「おおきな音でしたミ、でもわざと落としたわけでもないのですミから

そんなに睨むことは……」

 うさみはソラスを諫めようとするが、ソラスは首を横に振った。

「いえ、わかりませんかうさみ様。今のはわざとですよ」

「え? なんでわざとメニュー表なんて落とすんですミ?」

「うさみ様は気付きませんでしたか、彼女らのすぐ隣のおっさんのズボン後ろの

わずかな揺らぎを」

「気付くわけないのですミが」

「常人であればそうでしょう、だが私には見えました。つまりおっさんは

屁をこいたのです」

「は? ですミ」

「は、ではありません屁、です。そしてその気配を察したあの黒髪の女性はそのプーという音をかき消すためにわざとメニュー表を落とした」

「そんなバカなですミ……?」

「そして続けてなおもプスプスとあふれ出る屁の音をもかき消すために。

傍らの男性があえて音を鳴らすようにメニュー表を拾いはたいたのですよ……。

それらを全て一瞬で判断し、見事な連携でそれを実行する。只者ではありません」

「いや、どんな超人ですミそれ」

 さらにそこにガタンッと何かが倒れるような音と「あっごめんなさ~い」と謝る

少女の声が聞こえてきた。

 すかさずソラスの鋭い視線がそちらに向く。

うさみもその視線の先を負うと少女は団体客が座っているテーブルの脇を通る際に

肘がテーブル上に置かれた料理に当たり、女性の前に置かれていた水の入った

カップをひっくり返してしまったようだ。

 少女と、その同伴者の青年が共に謝って、店員から新しく水を貰っている。

「何……だと……?」

 またもソラスはそれを鋭い視線で睨む。

「あちゃあ、これはさすがにわざとじゃないにしても注意不足が過ぎますミ。

でもだからってそんなに睨むことは……」

 うさみはソラスを諫めようとするが、ソラスは首を横に振った。

「いえ、わかりませんか、うさみ様。注意不足はうさみ様の方ですよ」

「え? またこのパターンですミ?」

「うさみ様は気付きませんでしたか、倒れたコップには2人の人間が

口をつけていたという事を」

「本文中にそんな記述無かったですミが」

「記述が無いからと言って起こらなかったという事にはならないのですようさみ様。

 あのカップは女性の前に置かれたものですがとなりのおっさんが一度、

自分のカップと間違えて口をつけてしまったのです。他人が口をつけたものを

飲むのには当然抵抗があるでしょう。かと言って、露骨に残すというのも

間違えて口をつけた相手に対する当てつけととられかねない。

我慢して飲むか、気まずくなる覚悟で残すかの2択だった。それをあの少女が

事故を装いコップごと取り換えさせたのですよ。

「そんなバカなですミ……?」

「その証拠に、コップも割れずこぼれた水は誰一人濡らしていない。

何もない方向に綺麗に倒されている。倒れ方と水の流れる方向まで計算し、

かつ実際にそれを成すだけの繊細な技量。只者ではありません」

 そう言った後、ソラスは一度フッと息を吐く。

「どうやら、私たちが誘うべき相手は決まったようですね」



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