第4話 聖剣女伝説 編

聖剣女伝説_1

 黒魔女亭のドアノッカーが鳴らされ、人造人間うさみは小走りで

玄関に駆けていく。

「はーいですミ」

 うさみは玄関の扉を開く。

 そこに立っていたのは、見た目は20才程、透き通るような青い瞳をした

美女であった。

 クセのない艶やかな金髪は腰まで伸びており、白と青を基調にし、所々に宝石や金色の装飾が施された、神秘的な衣装をまとっている。

 特に、その頭にある異様なほど大きな赤い宝石のようなものがはめ込まれた金色のティアラがひと際異彩を放っていた。

「はじめまして。私は、マッコイ教会の、ソラスと申します」

 ソラス。うさみはその名前に聞き覚えがあった。

王都の北の、マッコイ教会で聖女として祭られている女性で、

魔法とは違う、不思議な力を宿しているという噂だ。

 うさみはその名前に聞き覚えがあった。

王都の北の、マッコイ教会で聖女として祭られている女性で、

魔法とは違う、不思議な力を宿しているという噂だ。

「はい、僭越ながら、そう呼ばれております」

 ソラスは少し照れたように苦笑した。

「その聖女様が何故こんなところにですミ……?

はっ!? まさか……討伐しに来たのですミ!? お館様を!!」

 うさみは以前、異端審問官がやって来た日の事を思いだす。

「いえいえ? 討伐だなんて滅相もない、今日は黒魔女様にご相談があって

参ったのです」

「なんとですミ。聖女さまともあろう方がお館様のような腐れ外道に相談とは、

世も末ですミ」

「腐れ外道……? 黒魔女様は人智を超えた偉大な力を持ち、それを以て世界平和や

文明社会の発展にの為に多大な貢献をされている方だと、街ではとても評判ですが」 

「とんでもなく歪んだ情報が街に広まってるみたいですミね。

まあ、どうなっても良いというのであればご案内しますミが」

 そう言って、うさみはソラスを館の中へと案内する。


「あら、うさみ。お客さんですか?」

 玄関を抜けて廊下を渡っていると、たまたまやってきた黒魔女と鉢合わせる。

「あ、そうですミ。丁度よかったですミ。お館様にご用だそうですミ」

うさみがソラスを紹介するように廊下の脇により、ソラスが前に出る。

「あなたが黒魔女様でいらっしゃいましたか。はじめまして、

私はマッコイ教会でお世話になっているソラスと申します。

お噂はかねがね伺っております」

 ソラスは大量の髪で包まれた黒魔女の異様な姿を見ても特段驚いた様子は見せず、

丁寧に挨拶する。

「おやおや、教会の方がどんなご用でしょうか」

「討伐しに来たわけではないのですミ。また洗脳とかしようとするなですミよ」

 うさみが念のため口を挟む。

「はいはい」

 黒魔女は生返事で返す。

「黒魔女様には、教会周辺に現れた、ドラゴンの討伐にご協力頂きたいのです」

ソラスは畏まったように姿勢を正しながら言った。

「ド、ドラゴンですミ……!?」

 その言葉にうさみは驚く。

 ドラゴンといえばこの世界に存在するモンスターの中でも最上級の力を持つ

種族で、知能が高いものが多く人語を操るものも珍しくない。

「ええ、少し前から、教会の周辺で、家畜が襲われたり、家屋が壊される被害が

起こる様になって、何人もが、ドラゴンのような姿を目撃しているのです。

今の所、人的被害はないのですがこのままでは時間の問題かと、

教会には孤児たちも住んでいますし、王国の討伐部隊にも対応をお願いしています」

 黒魔女はあからさまにやる気のない顔になっていた。

「あーそういうのは基本的に請け負ってないんですよねえ。

それに、討伐部隊が対応してくれるのなら、それで充分なのでは?」

「それが、そのドラゴンというのが、これまで発見された事のない、

新種のようなのです。もし未知の能力を持っていれば、

何が起こるかわからない、という事で、もし黒魔女様に協力頂ければ

より心強いだろうと思いまして」

 新種、という言葉に反応して黒魔女の顔色が変わっていた。

「ほう、新種のドラゴン。となると話は変わりますねえ」

「王国の討伐隊が事前に目撃証言を集約したところ、ドラゴンというよりは

見た目はトカゲがそのまま巨大化し多様な感じで、

もしかしたらドラゴンでは無く、全く新しい別の種族ではないかという

可能性も浮上しているらしいのです」

「ほうほう……」

 黒魔女は手て顎を撫で、目を泳がせたあと、何か思い当たるような顔になる。

「ひょっとして、それが目撃された場所って教会の奥の丘にある古い神殿の

近くだったり?」

「ええ、その通りです」

「ひょっとして、色は紫で、尻尾のあたりだけ黒くなって、

右目のあたりに傷があったり?」

「そ、そうですそうです! 目撃情報の通りです! 

もう既にそこまでご存じとは、さすがは黒魔女様ですね!」

「あー」

 そこまで聞いて黒魔女は何かを確信したように声を上げる。

 その様子を見たうさみに悪寒が走った。

「ちょっとここでお待ち下さいですミ!」

 うさみは愛想笑い浮かべるとソラスをその場に残し、

黒魔女の体を押すようにして廊下の奥に追いやり壁ドンをして顔をグッと近づける。

「今の「あー」って何ですミ?」

「いえいえ、大した事ではありませんよ、話を聞くに特徴と目撃場所が

完全に一致したので、それってドラゴンじゃなくてちょっと前に採取に

出掛けたついでにその場で見つけたトカゲで魔法の実験をしてそのまま捨てたやつが成長したんじゃないかなって、思っただけです」

うさみは黒魔女に鼻がぶつかるすれすれまで顔を近づける。

「大した事じゃねーかですミ!! お前マジでフザけんのも大概にしろよですミ!?」

「まだ可能性があるというだけの段階です、証拠がありませんよ。うさみ」

黒魔女は何故か得意げに目を閉じて言う。

「どう考えても真っ黒だろうがミ!!」

 2人がやり取りしていると、さすがに放置されたままの状態に耐えかねて

ソラスが近づいてきた。

「あのー……」

声を掛けられたうさみと黒魔女は話を止めて、ソラスの方を向く。

「ええと……それで、黒魔女様であれば先日の巨大昆虫事件も見事に

解決なされたとの事ですし、どうか力をお貸し頂けないかと」

 街では、先日現れた巨大カマキリと巨大カブトムシの事件は、

自警団の目の前で、突如巨大カブトムシが消えた事や

その周辺で黒魔女が目撃されていたことから、黒魔女が魔法によって

解決したという、間違った噂が広まってしまっていた。

「お館様、この依頼無償で受けろですミ」

「そうですねえ、まあうさみがそんなに言うなら、お引き受けしましょうか」

「え? 受けるんですミ?」

 黒魔女の想定外の素直さにうさみは逆に違和感を覚えた。

「まあ、本当ですか! ありがとうございます! とても心強いです!」

 ソラスは顔の前で指を組み感謝の眼差しを向ける。

「お館様がこんなに素直にうさみの意見を承諾するなんてめずらしいですミ……。

いや、やはりさすがに自責の念という物を覚えたのですミね。成長しましたミ」

 うさみは沸き起こる違和感をかき消すよう自分で自分に言うようにして頷く。

「じゃあ討伐の件は全てこのうさみに任せますんで。よろしく」

そう言って黒魔女はうさみの肩をポンと叩く。

「ほら見ろですミ! やっぱなんかおかしいと思ったんですミ!!

うさみが行ってどうするんですミ!!! お前が行けやですミ!!!!」

 食って掛かるうさみを黒魔女は飄々とした態度でいなす。

「今やってる研究が丁度煮詰まってて、忙しいんですよ。それに、依頼を受けようと言ったのはあなたでしょうが。それに、どうせ毎日暇でしょう?」

 その言葉がうさみの心に軽く突き刺さる。

「べっ別に暇ではないのですミ……! うさみにはうさみのスケジュールが

あるのですミ……!」

 実はクソ暇だった。

「あなたニートみたいなもんでしょうが」

「にっニートなどでは無いのですミ……! うさみは元々兎なので

そもそも労働の義務など無いのですミ!」

 実質クソニートであった。

「それに、自分がやりたくない事を他人に無償でやらせようなどというのは

よろしくないですね、うさみ。そういう場合は相応の対価を払うのが筋です。

あなたは私に何か対価を払えるのですか?」

「そういう問題じゃないですミ! そもそもうさみじゃ戦力になんて

ならないでしょうがミ!」

 うさみがそう言うと黒魔女は腕を組み、やれやれと言った顔をした。

「そんな事はないはずですよ。あなたは私の作った人造人間なのですから。

設計通りのポテンシャルを発揮すれば、そんじょそこらの人間などとは

比べ物にならない程の働きが出来るはずです」

 実際の所は、その通りであった。黒魔女に作られた人造人間うさみは、

設計上は常人より遥かに強靭な体と、高度な知能を持てるだけの土台を

備えつけられていた。

 だがそれが何故、普段こんなにも凡庸なのかと言えば、

碌に運動も、勉強もしていないからである。

 単純な力比べや、体力測定であれば、常人を遥かに超えた値を叩き出す事は

出来るのだが、技術や経験がものを言うスポーツや、こと戦闘ともなれば、

場合によっては人の子供にすら劣る事もある程だった。

うさみは未だ、兎から取って代わり、新しく与えれたその身体と頭脳を

ほとんど使いこなせていないのだった。

 そして、黒魔女からすればうさみは自分が作った作品である、

それが未だ本来の性能を発揮できていない事を、実は内心憂いていた。

もしかしたら、どこかに瑕疵があるのではないか? であれば、原因の究明、

改善が必要になると常々考えていた。

 今回うさみを行かせるという判断をしたのにはそういう思案も含まれていた。

「人造人間ですか…...?」

 話を聞いていたソラスがうさみをまじまじと見る。

「そうですミ。うさみは兎を元に作られた、人造人間、

すなわち悲しき怪物クリーチャーなのですミ」

 うさみは少し気取ったように遠くを見つめる。

 ちなみにうさみはこの自分は悲しき怪物クリーチャーというフレーズを

かっこいいと思って使っている。

「まあ、黒魔女様がお創りになった人造人間が一緒に来てくれるのであれば、

心強いです! うさみ様、どうぞよろしくお願いしますね!」

 ソラスは満面の笑みでうさみの手を取る。

「え…いや? まだ行くとはですミ……」

「じゃあ、話はまとまりましたね。それでは」

 そういって黒魔女は地下研究室に向かって行く。

「ちょ、ちょっとお館様ミ!?」

 うさみは声をかけるが黒魔女は後ろ姿のままに片手を振って

そのまま階段を下りていく。

うさみは少し悩んだが、黒魔女が原因であれば放っておくわけにもいかないので

やむなく協力を決意する。

「わかりましたミ……。一応一緒に行きますミ。でもあまり期待はしないで

欲しいですミ」

「ありがとうございます!」

ソラスは手を合わせて喜ぶ。

こうしてうさみは翌日、ドラゴン(仮)の討伐に赴く事となった。

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