昆虫大戦争_10〈完〉

 巨大カマキリ騒動から数日後、うさみはヘル子の家に遊びに来ていた。

 ヘル子の部屋でうさみとヘル子は顔をよせ、虫かごの中を覗いている。

かごの中は盛られた土にのぼり木が少し埋め込まれるように置かれており、

その上にはカブトムシがいた。

 外殻には、ところどころ傷がある、大砲で撃たれた跡だ。

 このカブトムシは、あの日ヘル子が捕まえ、巨大化させられ、

封印されたカブトムシだった。

 だが今はもう元の大きさに戻っている。

あの時は確かに元のサイズに戻す魔法はなかったのだが、その後、黒魔女が

新しい魔法を一晩で開発し、元のサイズに戻していた。

 うさみはその能力を社会貢献のために使えとしつこく毒づいた。

 傷の跡こそ残るものの、カブトムシは特別弱った様子は無く、のそりのそりと

動いている。

「この子、どうしようかなぁ」

 ヘル子はこのカブトムシの処遇に迷っていた。軽い気持ちで捕まえてしまったが、先日の一件で、思う所が出来たのだ。

「ずっとカゴの中じゃかわいそうだし、逃がしてあげようかなあ。

せっかく大人になって、土の中から出れたんだもん」

「でも、外には危険もありますミ。ここで暮らせば安全だし。

おいしいエサも毎日食べられるのですミ」

「そうだよねえ。でもそれだとお外は飛びまわれないし、お友達も出来ないよねえ」

「もう一匹、捕まえてくるという手もありますミ。お友達をふやすですミ」

「でも、ケンカしたりしないかなあ」

 このカブトムシは、何を望んでいるのか。

一体どうすれば幸せになれるのか。2人は一緒に考えた。

でも、答えなど出るはずがない。虫の考えなど、人間にも、人造人間にも

わかるはずがないのだ。

 ヘル子と語りながら、うさみはジョセフィーヌの事を思い出していた。

ジョセフィーヌは幸せだったのだろうか。

 カマーに愛され、不自由は無かったはずだ。

 エサだって毎日おなか一杯食べられただろう。

 だが、贅沢と幸福は、必ずしもイコールではない。

 あの日、虫かごから飛び出したジョセフィーヌは外の世界を見て、

何を思ったのだろうか。

巨大化して町を見下ろして、何を感じたのだろうか。

湖に向かったのは、本当にハリガネムシのせいだけだったのだろうか。

「ジョセフィーヌちゃんは、今どうしているんだろうですミ…」

 カブトムシを眺めながら、うさみはぽつりと呟いた。


* * *


 同じ日、同じ時。その豪華な一室の中の、豪華な虫かごの中に、

ジョセイフィーヌはいた。

黒魔女によって、こちらも元の大きさに戻されていた。

だが、先日受けた怪我や、ハリガネムシに寄生されていたこともあって、

少し弱々しさが見える。

 だが、虫かごの上蓋が慎重に開き、ピンセットでつままれたエサの虫が

ジョセフィーヌの前で振られると、それを素早く前足で刈り取る。

 虫かごの外から、男がそれを優しい目で眺めている。その目は、

少し憂いを秘めているようにも見えた。

 ジョセフィーヌの飼い主にしてこの家の当主、カマー・キリスキー3世である。

 彼は巨乳になっていた。

 あの事件の後、黒魔女によって例の方法(第1話参照)で生き返されていたのだ。

もちろん、ただの善意からではない。飼い主が死んでしまったら、

カマキリを見つけて飼い主の元に返すという今回の依頼が完遂出来なかったから

である。

 ともあれ、カマーとジョセフィーヌは無事再会を果たし、

元の生活を取り戻していた。

 街の被害は、カマーが負担した。彼はとんでもないお金持ちであった。

 ついでにうさみも黒魔女亭の金庫から黒魔女の金を盗めるだけ盗み、

被害にあった商店街の人たちに寄付、というか賠償して回った。

 負傷者は多数いたが、不幸中の幸い、カマー以外の死者はおらず、

街はすっかり平穏を取り戻していた。


 ジョセフィーヌにエサを与え終えたカマーは丁寧に蓋を閉じ、

しっかり閉じられているか確認した。

 そして改めて、ジョセフィーヌを眺める。

 するとジョセフィーヌも振り向き、カマーを見つめ返し、

そして何かカマーに語りかけるかの様に、もごもごと口を動かした。

 カマーは目を見開く。

 いや、ただの偶然か、さっきのエサが口に残っていたのか。

すぐにジョセフィーヌはそっぽを向くと、虫かごの端に歩いて行った。

 カマーは頬杖を突き、そのままジョセフィーヌを眺め続けた。

 もうすぐ、秋が来る。カブトムシもカマキリも、残された時間はそう長くない。

その日まで、彼らは何を思い、何を望んで生きるのであろうか。


※ ※ ※


 そしてもう一件、昆虫とは一切関係なく、

商店街の中に、歓喜の声を上げて抱き合っている一家の姿があった。

 うさみが誤爆して封印してしまった、おっさんの家族であった。

 あのごたごたの中、うさみも黒魔女も彼の事を完全に忘れていた。

飛翔したカマキリを追いかける直前にヘル子がボールを拾ってくれていなかったら、

今頃瓦礫と共にどこかに葬り去られていただろう。

 行方不明扱いになっていたおっさんは封印を解かれると、

念の為、病院で精密検査を受けて、今日、無事家族の元に戻り

数日ぶりの団欒を得ていた。



第3話 昆虫大戦争 編 〈完〉


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