昆虫大戦争_9

「あっちは……。まさか、湖の方ですミ!?」

 うさみは今際の際でカマーが言っていたことを思い出した。

ジョセフィーヌを、湖につれて行きたかったと。

「湖を……見に行こうとしているのですミ……?」

 うさみは巨大カマキリを見失わないよう、必死で走るが

空を飛ぶ巨大なカマキリは到底追いつける速度ではない。あえなく見失いかけた時、

「ほら、掴まりなさい」

 うさみのうしろから黒魔女が追いつき、髪を伸ばしてきた。

うさみがそれに捕まると黒魔女はうさみを追い越すように

大きく飛翔しうさみは引っ張られる形になる。

「うわあー! おばちゃんすごーい!!」

隣にはヘル子も髪で抱えられている。

「お館様? うさみを手伝ってくれるなんて珍しいですミ」

「ついでですよ。このままジョセフィーヌちゃんを見失ったら

依頼が完遂できませんからねえ。一度始めたことを途中で放棄するのは

気持ち悪いですし」

 黒魔女はうさみ達を抱え、飛翔するように跳ねながら巨大カマキリを追った。


 巨大カマキリは、湖の畔に降り立ち、そのまま湖の方を見て佇んでいた。

飛んできて疲れたのか、どこか弱々しい。もはや暴れそうな様子はなかった。

うさみたちも追いつき着地する。

「なんとか追いつきましたね、今なら捕まえられるんじゃないですか?

うさみ。月星ムーンスターボールは?」

「ちょっと待って欲しいですミ」

 うさみは巨大カマキリの方に目を向けたまま言う。

「……ずっと、湖を見ていますミ」

 巨大カマキリは、それから微動だにしない。

 室内の、虫かごの中ではずっと見られなかった景色。

ここだけではない、森も、商店街もずっと室内の小さなカゴで暮らしてきた

カマキリからすれば

全てが、初めての景色である。

「カマーさんは、これを見せたかったのですミね……」

 日を覆っていた雲が風で流れ、光が差し込む、それが湖の水面に反射して

キラキラと輝きだす。

 うさみもまた、その光に包まれていくカマキリを後ろから眺め続けた。

だんだんと巨大カマキリがその光に包まれ溶けて行くかように見える……

いや、実際に水面に向かって進み、沈んで行っているのだ。

「ジョセフィーヌちゃんが湖の中に入っていきますミ!?

ハッまさかカマーさんの後を追おうとしているのですミ!?」

 うさみが慌てた表情を見せると、ヘル子が隣から声をかける。

「もしかしてあのカマキリさん、ハリガネムシに寄生されているのかも」

「ハリガネムシ……ですミ?」

 うさみはヘル子の方を向き聞き返す。

「ああそういえば、そんな話聞いた事ありましたねえ」

 黒魔女は顎に手を当てて視線を上に向ける。

「うん、カマキリが食べる虫の中に入ってる事があって、

そこからカマキリに寄生して、ある程度育つとカマキリを操って

水場に行かせて自殺させるんだって、その後おしりから出てきて、

水の中に卵を産むの」

「え?何それ怖いですミ。……じゃあまさかジョセフィーヌちゃんが

ここまで来たのって……」

 うさみがカマキリに目を戻すと巨大カマキリは既に湖にずっぷり浸かり

苦しんでいる。

 そしてお尻の先から、カマキリと共に巨大化されていたハリガネムシが

にゅるにゅると出てきた。

「ひーっ!? キモいですミーッ!!」

 うさみは悲鳴を上げる。

「うわあー! すごーい! キモー! 」

 ヘル子の方は歓声を上げた。

「へえ、あんなに長いものが良く収まっていましたねえ」

 黒魔女も興味深げにその様子を眺めていた。

 やがてカマキリから完全に抜け出た巨大ハリガネムシは湖の底へと消えていく。

「これ、またひとつとんでもない怪物クリーチャー生み出してしまってませんミ?」

 だがしかし、この巨大ハリガネムシまでどうにかしようとすると

もう収集がつかなくなると思ったので、この件についてはスルーする事にした。

 後にこの巨大ハリガネムシはUMA《未確認生物》として騒がれ、

街中がその噂で持ちきりになる。


 ハリガネムシが抜けきった巨大カマキリはぐったりと

うつ伏せになり、水面に浮かんでくる。だが、まだかろうじて息はある。

「うさみちゃん! ボールボール!」

「はっ! そうでしたミ!」

 うさみはヘル子の言葉で、すっかり巨大カマキリの捕獲を失念していた事に

気付く。

 慌ててボールを投げ、封印に成功した。

 湖の水面にカマキリが封印されたボールがぷかりと浮かんでくると、

うさみは黒魔女の方を向き、水面のボールを指さす。

「お館様、泳いで取ってくるですミ」

「嫌ですよ」

 黒魔女は髪を伸ばして水面のボールを拾って手元まで引き寄せると

本体の小さな手に持ち替える。

「とりあえず、ジョセフィーヌちゃんは確保できましたねえ」

「でもこの子、どうしましょうミか……もうカマーさんの元には……」

うさみは月星ムーンスターボールを見つめながらしんみりと言う。

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