昆虫大戦争_8

「おい! 何やってんだあんた!」

 自警団が口々に叫び、何人かがカマーの元に近寄る。

「カマーさん……! なんて事をですミ……」

 うさみもカマーの元に駆け寄りその場に屈みこむ。

 仰向けに倒れたカマーの顔からは既に血の気が失せていた。

「うう………すみません、本当は…わかっているんです。

虫が人に懐かないなんて事は………。あの子はきっと私の顔なんて

覚えてもいないでしょう。それでも………目の前で殺されるのは

耐えられなかった……」

 カマーは虚ろな目で宙を見つめながら話し始める。

「もう喋っては駄目ですミ! 多分この流れだと止めても最後まで

喋りきるんでしょうがもう喋っては駄目ですミ!!」

 息も絶え絶えで喋るカマーにうさみは一応そう声をかけたが、

案の定カマーは話を続けた。

「私はあの子の成長を見るのが楽しかった。

辛いことがあった時も、いつも飄々としているあの子を見たら

癒された。楽しいことがあった時はあの子にそれを語ると、

もっと楽しくなれた。そうやって、自分だけが勝手に幸せになっていたんです」

 そう言ってカマーは自嘲した。

「そう……自分にとっての幸せが、あの子にとっても幸せだと思い込んでいた……。

いや、そうであって欲しいと、押し付けていたのです……。

その挙句、私のくだらない不注意のせいで、こんな事にまでなってしまって………」

 カマーは残る力を振り絞り、巨大カマキリの方に顔を向ける。

巨大カマキリは体制を立て直し、立ち上がろうとしていた。

「おい、はやく離れるんだ!」

「救護班を!」

 自警団がうさみの肩を掴み、喧騒が大きくなる。

 カマキリは、爆弾が離れた位置で爆発したこともあって、

体勢こそ崩したがそこまでのダメージは負っていなかった。

「こうなったのはカマーさんのせいでは無いのですミ!

この世のすべての不利益は、お館様が原因と言っても過言ではないのですミ!!」

「過言ですよ」

 めちゃめちゃ離れた所から黒魔女が反論する。

 尚も、カマーは続ける。

「もう、夏も終わりです。カマキリの寿命は、そう長くはない……」

 そっと、秋の到来を匂わせる涼し気な風が吹く。

「それで……あの日、ジョセフィーヌを連れて、街の外れの湖に、一緒に行こうとしたんです。私があの場所を好きだったから……。卵の時から、ずっとわたくしの

屋敷の虫かごの中で暮らしていたので、外の世界を見せてあげたら

喜ぶんじゃないかって……。これも、もちろん私の勝手な考えです。あの子は

そんな事、望んでいたかもわからないのに……。それでも、

何かを残したかった……。だから、まだここで、死んでほしくは無かった。

こんなにも街の人々に迷惑をかけてしまったのに……本当に、

わたくしは勝手な男です」

 だんだんと、カマーの声が弱くなっていく。

服が血で滲んで行き、滴り落ちる血が地面をも赤く染めてゆく。

「本当ですミ……。それでカマーさんまで死んでしまったら、

本当に誰も幸せにならないのですミ!!!!」

うさみはカマーの手を握りしめる。

「ああ、もう目が霞んで……見えなくなってきた……。うさみさん、わたくしの……最後の、勝手なお願いです。あの子を救えないのなら、どうかせめて……

あの子の最後を見届けて頂きたい……。そしてもし、出来るのなら……」

 カマーの言葉はそこで止まった。

「カマーさん! カマーさんミ!?」

 カマーは静かに、息絶えていた。

「そ、そんな……マジで死んでしまうとはですミ……」

 うさみは思ったより重い展開に引く。

「君! 離れるんだ!!」

 自警団は強引にうさみの身体を引き上げる。

うさみが顔を上げると、巨大カマキリはうさみとカマーを見下ろすように、

すぐ傍に佇んでいた。

「っ! そうですミ! 月星ムーンスターボールですミ…!」

 巨大カマキリを捕獲しようとポケットをまさぐるが、

先程投げたのが最後だった事を思い出す。

「うさみちゃ~ん!」

 声のした方を向くと、ヘル子が月星ボールを掲げてうさみの名を呼んでいた。

自警団たちに遮られてこちらに向かっては来れない。

 うさみがヘル子の方に駆け寄ろうとした時、

「おい…なんか様子が変だぞ?」

 自警団の一人が呟く。

 巨大カマキリはカマーを見下ろしたまま、微動だにしていなかった。

まるでその亡骸をじっと見つめ続けているかのようだ。これまでとは、

明らかに様相が違う。

「死んだのか…?」

 自警団たちは警戒しながら巨大カマキリとの距離を詰めていく。

だが、巨大カマキリの足はしっかり立っており、死んではいない。

 うさみはヘル子から月星ボールを受け取り、巨大カマキリの方に向き直る。

 直後。

「!! 離れろぉ!!」

 巨大カマキリに近づいていた自警団たちが一斉に仰け反る。

 巨大カマキリは大きくその羽を広げていた。

そして、ぶわりと強い風を起こし、飛翔した。

「すごーい! 飛んだー!」

 ヘル子はそれを見上げて声を上げる。

 巨大カマキリは商店街を離れ、飛んでいく。

「まっ、待つですミー!!」

 うさみは巨大カマキリの後を追い走り出す。

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