第3話 昆虫大戦争 編

昆虫大戦争_1

「へー、それヘル子ちゃんが獲ったんですミ?

なかなか立派なカブトムシですミ」

 ヘル子と呼ばれた少女と共に森と街を繋ぐ道を歩いているのは、

10代後半ほどの少女の姿をした、白い肌に白い髪、左目はピンクの瞳、

右目には瞳と同じピンクのハートマークが描かれた義眼をはめ、

首と両手両足に包帯を巻いた、兎から改造され生み出された悲しき怪物クリーチャー

人造人間うさみである。

 そしてその隣にいるのがうさみの友人、地獄谷ヘル子。

 栗色のおかっぱ頭に黒いカチューシャをつけ、

首元に黒いリボンのついた白いブラウスを着て、黒いスカートを穿き、

足元は白いソックスに黒い革靴。リコーダーの入った茶色いケースが差された

赤いランドセルを背負っている、ごく普通の小学3年生である。

 彼女の通う、セントドッコイ小学校はうさみの住む黒魔女亭がある森の近所にあり、

以前ヘル子が友人たち数人と森に遊びに来た際にうさみと出会って仲良くなった。

 それから度々、学校が終わった後や休日に一緒に遊んでいる。

「うん!学校の帰りにそのまま裏山に行って獲って来たんだー」

 そういってヘル子は小さな虫かごを掲げ見上げる。

その中では立派なカブトムシがのそのそと動いていた。

「虫ってねー、すごい力持ちなんだよ、自分の体重の何倍もの重さの物を

持ち上たり、自分の大きさの何倍もの距離を飛び上がったり、

すごい速さで移動できるの! この前大きくなった虫が人類を

滅ぼすお話を本で読んだんだー!」

 ヘル子が意気揚々と話すとうさみはちっちっと指を振りながら返す。

「フッ、そんなのは子供騙しなのですミ、ヘル子ちゃん。

昆虫は内骨格という体の内側を支える骨が無いのであまり大きくなると、

それに伴って重くなった内臓を守る事が出来ず潰れてしまうのですミ。

物体と言うのは、大きさが10倍になるだけで重さはなんと

約1000倍にもなるのですミ。さらに昆虫には肺が無く、

器官呼吸という方法で酸素を取り入れているので大きく息を吸い込めないのですミ。

ゆえに大きく、重くなったら体を動かすのに必要な酸素をまともに

補給できないのですミよ。だから、巨大化した昆虫なんてものは

ファンタジーの世界にしか存在しえないのですミ」

 うさみはそう言って小学生相手に渾身のドヤ顔を決める。

 直後、2人の後ろでズシンと、重いものが降り立つような音がした。

その巨体が作る大きな影が2人を飲み込む。

うさみとヘル子が振り向くと、うさみの背丈の数倍はあろうかという、

巨大なカマキリが2人を見下ろしていた。

「いるじゃーん!」

「そうでしたミ……ここファンタジーの世界でしたミ……」


* * *


 話はうさみたちが巨大カマキリと遭遇する数時間前に遡る。


 黒魔女亭に、一人の来客があった。

 オレンジ色の髪を流すよう七三に分けにした細身の体形の中年の男で、

口元からは左右にひょろりとカールを巻くように髭が伸びている。

そして、身を包んでいる衣装はとても高級なものだった。

「ごめん下さい」

 声のあとに、黒魔女亭のドアノッカーが鳴らされる。

「はーい、今参りますぞ」

 館の奥から渋い男性の声が聞こえ、少しして玄関の扉が開く。

 その扉から顔を出したのは犬だった。

 いや、ただの犬ではない。

 その顔こそはいわゆるブルフェイスの犬そのものであったが、

それが綺麗に直立し、2本足で立っていた。さらには執事のような服を着て、

何より人語を操っている。

 それは黒魔女の実験によってボクサー犬の知能を人間と同等まで高められた、

ただしその代償と嗅覚を人間と同等まで退化させられた悲しき怪物クリーチャー

ボクス・ケンであった。

「おお、これは……。犬が喋って二足歩行までしている………。

これも黒魔女様のなせる御業という事でしょうか……。

やはり、噂にたがわぬ力をお持ちのようだ……」

 来客者はしばらく目を丸くしてケンを眺めていたがハッと我に返り

慌てて自己紹介した。

「これは失礼、わたくし、カマー・キリスキー3世と申します。

実はここに住まわれているという黒魔女様に、折り入ってご相談がございまして」

「ああ、はいはい。お館様にご依頼ですな、ではどうぞ中へ」

 ケンはそう言ってカマーを館の中へ案内する。

 カマーを客室で待たせると、ケンは「では、今呼んで参りますので」

と部屋を出て行いく。

 それから少しして、客室の扉から、真っ黒な魔女が現れた。

「やあやあ、お待たせ致しました」

 その本体はまるで幼女の様に小柄だった。

ルビーのような真っ赤な瞳。黒いワンピースを着て、

顔以外の全体が真っ黒な髪で覆われている。頭には大きなとんがり帽子、

しかしそこからウェーブのかかった黒髪が体を覆いながら床まで伸び、

それが這うように足の役割をしている。腰のあたりの髪がくねり、

本体はそこに座っている。髪の左右に腕の様に大きく二本の束になって

分かれている部分があり、その先端もまた、指の様にそれぞれ5本に分かれていた。

まるで、髪で出来た着ぐるみを纏っているかのような姿である。

「あなたが、黒魔女様ですか。これはこれは…」

 カマーは立ち上がり、黒魔女の異様な風貌にしばし目を奪われる。

「それで、どのようなご用件で?」

黒魔女が髪を使ってソファの前まで移動すると、体を支えていた髪がふにゃりと

曲がり、本体がソファに座り込む。そして足を組み、両手の指も

太ももの上に組んで置く。

「ああ、はい実は…」

 カマーも腰を下ろすと畏まった様子で話始める。

「私がとても大切に育てていた、ペットのジョセフィーヌちゃんを

探して欲しいのです」

「ペット探しですかぁ?」

 黒魔女は露骨につまらなそうな顔をして天井を仰ぐ。

「興が乗りませんねえ。犬や猫を探すのであれば、

わざわざ私が出る幕でもないでしょう。

あなた見た所、なかなか裕福そうな恰好をしていらっしゃる、

人を雇って人海戦術で探せば事足りるのではないですかね?」

 黒魔女は体を仰け反らせソファにもたれかかる。このまま

寝入ってしまいそうな雰囲気だ。

 彼女が依頼を受けるかの基準のほとんどは興が乗るか否かが占める。

どんなに報酬を弾まれても、わざわざ自分がやるまでもないような、

面白みのない物であれば受ける事はない。

 しかし、カマーは身を乗り出し、食い下がる。

「いえ、それが、犬猫ではないのです。何百、何千の人を集めたとて、

見つけ出すのは至難の事でしょう。

私の大事なジョセフィーヌちゃんと言うのは、カマキリなのです」

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