異端審問官の来訪_8〈完〉
「あー、思い出しました思い出しました。そういえば、そんな事もありましたねえ」
シンの話を聞き終えた黒魔女は、両手の平を合わせる。
「なるほど、じゃあこれはその時の物だったのですな」
ケンはそう言って女神スクウンデスの像を眺める。
「ではやはり……あなたがあの時の……しかし、何故そのような姿に?」
シンが尋ねると、黒魔女は体を見せるように両手を掲げる。
「先程言った方法で不死を得る事は出来たのですが、
不老、とまではいかなくてですね、定期的に魔法で作った若返りの薬を飲んで、
姿を若く戻しているんですよ。ですが、今回はちょっと分量を
間違えてしまいましてね。ここまで幼くなるつもりはなかったのですが」
そう答え、小さくなってしまった自分の両手を振る。
「成程、そういう事でしたか……。これまで気付かずに、大変失礼致しました」
シンからはもうすっかり闘志が抜け、剣を下ろしている。
表情も和らぎ口調も穏やかなものになっていた。そして、澄み切った瞳を
黒魔女に向ける。
「どうやら、我々が間違っていたようです。
ここに、取り締まらねばならないような異端者はいなかった」
シンの謝罪を受けた黒魔女は満足そうに腕を組む。
「解って頂ければいいのですよ」
そしてうんうんと、穏やかに頷く。
空を覆っていた雲が晴れてゆき、部屋の中が明るく、温かい光に包まれていく。
「は? いやいやいや、何言ってますミ!?」
ここまで静観していたうさみはアホみたいに急激な風向きの変化に
慌てて声を上げる。
「昔ちょっと助けて貰ったくらいで許していいような相手じゃないですミよ?
今ここで確実に殺るべきですミ!! どうせ過去に声をかけたのも、
自殺するくらいなら自分の実験材料にならないか聞きにいっただけで、
クラスメイトの記憶を消したのも単に魔法の実験をしたかったからに
決まってるんですミ!!」
うさみは黒魔女を指さしてそう言い放つ。
「ぶっちゃけ、そうです」
黒魔女はバカ正直に答えた。
「ハハ、ご謙遜を」
だが過去の一件からすっかり黒魔女に心を許してしまったシンには、
もはやその真実は届かない。
「これまでの嫌疑というのも、何か奥深い事情があっての事だったのでしょうな」
シンは一人で勝手に納得して頷いている。
うさみはすがるようにツッキーの方も見るが彼女は、
「イイハナシダナー」
と、顔に手を当て滝のような感動の涙を流していた。
ツッキーもまた、先程の話だけで完全に黒魔女の事を
"普段はちょい悪に見えるが根は良い人"として
認識してしまっていた。
審問官2人は、もはや黒魔女に対する敵意が無いどころか、
敬意すら表していた。
「だ……ダメですミ……こいつら……!!」
2人の手のひら返しっぷりにうさみは黒魔女討伐を諦め、
よろよろとその場に座り込む。
「さあ、帰るぞツッキー、ここには邪悪な魔女なんて、居なかった」
シンはそう言って、剣を鞘に納める。
「ええ、居たのは優しい魔法使い、だったんですね」
ツッキーもレイピアを納め笑顔でそう応える。シンは僅かに笑った顔を見せ、
共に部屋を出て行く。
「まっ! 待つですミーッ!! この国の命運が掛かっているのですミーッ!!!
お前ら本当にそれで良いんですかミーッ!!??」
うさみは力の限り叫ぶが2人は完璧なノーリアクションを決め
そのまま玄関から出て行った。
「やれやれ、どうやら…事無きを得たようですねえ、
脳を弄れなかったのは少し残念ですが」
黒魔女も少し力が抜けた様子でそう言った。
「い、いや。これ……事無きを得てるんですか……?」
ケンは唖然とした表情でめちゃくちゃになった部屋を見渡す。
「壊れたのなら、直せばいいだけの話ですよ。あなた、
趣味で日曜大工とかもやってましたよね?」
黒魔女は一切の悪気無く、ケンに無茶ぶる。
「は? ……え?」
確かにケンの腕であれば不可能ではなかったが、これを修復するとなると
気が遠くなる。
「じゃあ、私は研究に戻りますんで。あ、ケン。その稲荷ずし、
貰って良いですか?」
黒魔女はそう言ってケンからお土産の稲荷ずしを受け取るとその場で封を開く。
「あと、うさみも暇ならケンを手伝ってあげるんですよ」
そう云って稲荷ずしをひとつ頬張りながら、何事も無かったかのように地下の研究室に向かって行った。
うさみは生気の抜けた顔でそれを見送る。
「この国の行く末が、色々と心配ですミ……」
うさみとケンはしばらくその場に座り込んでうなだれていた。
力の抜けたケンの手からコロリと女神像が転がり落ち、ふいにうさみの目に入る。
日の光に照らされたその顔は、なんだか呑気に微笑んでいるように見えた。
第2話 異端審問官の来訪編〈完〉
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