異端審問官の来訪_6

 黒魔女が消滅し、シンとツッキーの2人は髪の拘束から解放され

どさりどさりと床に落ちる。

「っ……終わったのか……? なんか妙な音がしたが」

 シンはまだ少し意識がもうろうとする中、

まだ少し残った四散していく光を見つめる。

「げほっ、げほっ……黒魔女は……死んだんですか? 

なんか四散して消えましたけど」

 ツッキーはむせながら身体を起こし、部屋を見渡す。

「やったのですミ……世界は救われましたミ……」

 うさみは持っていたレイピアを足元に置き。窓の外を見つめる。

しとしとと、雨が降り始めていた。

 突如、3人の頭上から球状の黒い光の塊のようなものが降ってくる。

それは床に着地すると人の姿へと変わる。

「バカなっ!?」

 シンが叫ぶ。

 ツッキーは素早くレイピアを拾い、シンと共に再び臨戦態勢を取る。

 窓から振り返ってその降って来たものを見たうさみの顔に、驚愕の表情が浮かぶ。

「なん……だと……ですミ……!?」

 それは紛れもなく、今しがた殺したはずの黒魔女であった。

「ふう……残機がひとつ、減ってしまいましたよ」

 黒魔女はやれやれといった様子で両方の手の平を上に向け肩をすくめる。

「まさか……不死身なのか……?」

 シンが絞り出すような声で言う。

「ええそうです、私は長年の研究の中で、己の命そのものを増やすすべを発見したのです。

それを用いれば、己の命を無限にでも増やす事が可能になる」

「命を…増やす!? そんな事が……!?」

 ツッキーのレイピアを握る手に汗が滲む。

「まあ、方法は色々あるのですが……亀と階段を使った方法がメジャーですね」

 黒魔女は夢幻衣血亜津譜の詳細な手順を説明するが、

シン達には、到底理解の及ばない内容だった。この魔女は一体何を言っているのか。

シンとツッキーは共に身の毛がよだつのを感じた。

「私はその魔法を、こう呼んでいます」

 黒魔女は不気味に両手を大きく広げる。


夢幻衣血亜津譜むげんいちあっぷ


 黒魔女の言葉と共に館の外で雷が落ち、その光に黒魔女の不敵な顔が照らされる。

恐らくこの魔女の叡智は自分たち、いやこの国の人間全てを以てしても

辿りつけない境地にあるのではないか。何よりこれ以上深く追求するのは危険だ。

シンとツッキーの本能は共にそう告げ、2人は全身を強張らせる。

「さて、じゃあどうしましょうかねえ」

 説明を終えた黒魔女はそう言ってぶわりと長い髪を広げると、

その赤い2つの瞳で審問官たちと、ついでにうさみを順に見ていく。

 再び、場の空気が張り詰める。

「ツッキー、まだやれるか!?」

「はい! 問題ありません!」

 シンの呼びかけに、ツッキーが応える。幸いお互いまだ大きなダメージは

負っていない。

 …いや、違う。負わされていないのだ。それに気付いたシンの額を、

大粒の汗が伝う。

 黒魔女はそもそも2人に攻撃らしい攻撃をしていない。

うさみに聞いた話からすれば、洗脳して操り、

利用しようとしているのだから大きな怪我などさせないよう、

最初から、本気で戦っていなかったのだ。

それに加えて、先ほど見せた不死の力。

殺せないのならば、生きたまま拘束するしかない。

しかしそれは殺すよりも遥かに難題である。

勝てるのか……こんな化け物に……?

 百戦錬磨のシンの心が暗闇に覆われてゆく。

 だがそれでも、いや、こんな化け物だからこそ、野放しには出来ない。

絶対に、ここで退くわけにはいかない。

 それに、シンにはまだ奥の手があった。

それは肉体を捨て、己の体全てを魔力の結晶体へと変換する事で、

人間の体では到底耐えられない力と速さを駆使する事ができ、

さらには人の持つ感情の力や記憶知識をも魔力に変換する事で

けた外れの魔力を扱えるようになる。だが、肉体を失えば

やがて人の姿を留める事は出来なくなり、体は消えてなくなる。

記憶や感情も散り、魂すら残らない。1度発動したらもう後戻りはできない、

文字通り、最後の手段。


 名付けて、-奥義・俺TheFinalSeason完結編後編-


 シンの剣を握る手に力がこもる。しかし、あと一歩、決心がつかない。

その時ふと、地下を出るときのうさみの言葉が蘇った。

-この命燃やすなら……今!! この世界を守るために燃やしますミ!!!!ー

 シンはフッと笑うと、魔女を真っすぐに見据え、覚悟を決めた。

 次の瞬間。

「ええーっ!? こ、これは!? 一体何が!?」

 突如、大広間の入口の方から素っ頓狂な声が上がり

全員の視線がそちらに向いた。

 そこには犬がいた。

 いや、それは素直に犬と呼べるような風貌では無い。

ケンだった。

 ケンは町内会の集まりでお土産にもらった稲荷ずしを片手に下げ、

驚愕の表情で部屋の惨状を見渡していた。家具が破壊され壁や天井には

大きな亀裂まである。

 うさみはケンに向かって叫ぶ。

「ケンさんミ!! 今みんなでお館様殺してますミ!! 

ケンさんもこっちに付くですミ!!」

 ケンも叫ぶ。

「いやいや!? 急に言われても

何が何だかわからないのだが!?」

 ケンは相当混乱していた。

 シンはケンを見定める。二足で立ち。人語を喋る犬…これもまた、

黒魔女の作り出した、悲しき怪物クリーチャーだろうか。

だが、今この場で黒魔女に加担する様子はない。

「我々の敵でないなら下がっていろ!!」

 そう叫んだ時、ある物に気付いた。

「……待て! その胸ポケットのそれは……」

 言われてケンは自分の胸ポケットに目をやる。

そこに入っていたのは今朝倉庫を整理していた時に見つけた。

人型の彫刻であった。必要な物か、後で黒魔女に聞きに行くつもりで

入れっぱなしになっていた。

「え……ああ、これか? これは今朝倉庫の整理中に見つけて……

いる物か、いらない物かをお館様に聞こうと……」

 そう言ってポケットから取り出しそれを黒魔女の方に見せる。

「なぜ……それがここに……」

 シンはそれを信じられないといった表情で見つめ、

黒魔女もしばしそれを注視するとやがて口を開く。

「あー、確かそれ、大分昔に、少年? に、貰ったんでしたっけ?

何かのお礼とか……」

 それを聞いたシンは目を見開く。

 そして黒魔女の方を向き、その真っ赤な瞳を見つめる。

 外では雨が止み、雲の隙間から漏れた小さな光が部屋に差し込む。


「その少年は……私だ……!!」


 そしてシンは、自分がまだ、11歳の少年だった頃の話を始めた。

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