異端審問官の来訪_5

 うさみたちは地下の階段を抜け、館の1階に出る。

まだ昼だったが、空は今にも雨が降り出しそうな黒雲で覆われており、

館の中は不気味なほど暗くなっていた。

「客室の方はまだガスが残っているかもしれないのでうさみが取ってきますミ!」

うさみはそう言って最初に2人を案内した客室に入り、長剣とレイピアを持って出る。

「あれえ~どこいきました~うさみ~?」

 その時、階段の下から、不気味な声が響いてきた。

黒魔女の声だ。

 シンとツッキーは身構える。

「不味いですミ!気づかれましたミ!! こっちの部屋に隠れるですミ!」

 そう言って二人に武器を渡しながら大広間へ案内する、

「うさみはやられたフリをしますミ! 二人は部屋の物陰に隠れて

そこを奇襲しますミ!」

「……わかった……!」

 そんな安易な作戦でうまくいくのかと思いながら

シンとツッキーは部屋の中で分かれ、シンは棚の陰に

ツッキーはテーブルに並んだ椅子の陰に屈んで隠れ、黒魔女の気配を伺う。

「う~さ~み~? ここですか~?」

 黒魔女は一部屋ずつ中を覗きながら近づいて来ているようだった。

やがてすぐ傍まで声が近づき部屋の扉から黒い影が覗く、

ツッキーは椅子の陰で息を潜め、机の下からそれを覗き見る。

うさみは大広間の入口から少し入ったところで倒れたふりをしていた。

黒魔女はそれを見つけ声をかける。

「あら、うさみ。こんなところに居たんですね。あの2人はどうしたんですか?」

 うさみはこれまでの人生で得た経験全てを注ぎ込んだ渾身の演技を披露する。

「カハッ。油断しましたミ。縄を解かれ逃げられましたミ。

追いかけて捕まえようとしたら返り討ちに会いましたミ。

もうとっくに外に逃げたはずですミ。断じてもうここにはいませんミ。

ちょっとそこに座って一休みすると良いですミ」

 ハリウッド俳優も真っ青の棒読みであった。

「やれやれ、あなたという子は……。じゃあこの部屋にある、あと2人分の気配は

何なんですかねえ?」

 一瞬で演技を看破されたうさみは咄嗟に起き上がり、

黒魔女の足元の方を押さえつける。

「今ですミーーーーッ!!!!!!!!」

 うさみが叫ぶと机の陰から這うように低い姿勢でツッキーが飛び出す。

黒魔女の胸目掛けて下からレイピアを突き上げるが、

「おっと」

黒魔女は長い髪を操りうさみを軽々振り払うとその髪を束にして

続けざまにツッキーも弾き飛ばす。

 吹き飛ばされたツッキーは綺麗に受け身を取りすぐに体制を立て直す。

「おや、ちょっと強めに叩いちゃったと思ったんですけど、やりますね」

 うさみの方は後ろに数回転がったあと壁にぶつかって止まった。

その直後、シンが黒魔女の頭上から飛び掛かる。

黒魔女がツッキーに目を奪われた刹那、棚の陰から大きく飛び上がり

一度天井付近の壁を蹴って空中から突進してきていたのだ。

 長剣を大きく振りかぶる。

 室内でその長さの剣をそんなに大きく振ったら天井に刺さって

止まるのではないか、と黒魔女は思ったが天井まで届いた剣はそれを物ともせず、

そのまま天井の壁と梁を切り裂いて黒魔女の頭上に振り下ろされる。

ガキィンッ

 予想を超えた挙動に黒魔女は少し目を見張るも、

髪を束ねて頭上を覆い、その剣を弾く。

「くっ、固いっ!?」

 シンの剣技は鋼鉄すらも容易に切り裂く、だがそれを以てしても

束ねられた黒魔女の髪にはまるで歯が立たなかった。

「剣がダメならっ」

 間髪を入れずツッキーが魔力を凝縮した塊を左手から放つ。

しかし黒魔女が手をかざすと不自然に軌道が逸れ、

テーブルにぶつかって小さく爆ぜる。周辺はその中心に圧縮されるようにして

破壊される。

「軌道を逸らされた……!?」

「おや、今の爆発はなかなか面白い挙動ですねえ」

 驚愕の表情を浮かべるツッキーに対して黒魔女は尚も落ち着いた様子で話す。

「ならば!これならどうだ!!」

 着地したシンは一度黒魔女から距離を取り、右手で剣を構えると

左手で刀身を根元から先端へ向って撫でる。すると撫でられた部分が

強い光を纏っていく。

「喰らえっ!!」

 シンはそれを大きく横に振るう。

 そこからでは剣先が魔女まで届かないはずの位置だが

刀身を包む光が伸び、奥の壁まで届く、それをそのまま薙ぎ払い、

光の刃は家具と壁を切り裂きながら黒魔女の元まで進む。

黒魔女は先程と同じように髪を束ね光の刃を遮ろうとするが

今度の攻撃はそれすら切り裂いた。

「おおっ?」

 黒魔女が声を上げる。

 光の刃は本体まであと数センチの所まで迫る。

だが黒魔女は髪を操り急速に体を押し上げて体制を変え、それを躱す。

身体より下にあった髪はバッサリと切り落とされる。

 シンは勢いのまま、剣を払いきる。

シンとの共闘に成れているツッキーは素早く身を伏せていたが。

黒魔女に転がされたまま壁にもたれていたうさみは、

剣閃を頭上ギリギリでかすめていた。

「あっ……危ないですミー!」

 うさみは非難の声を上げる。無論シンはうさみまで斬るつもりはなく、

きちんと避けて太刀筋を選んでいた。部屋の壁には端から端まで

大きな斬撃の跡が残る。

「威力については称賛しますが、つまらない事に魔法を使うんですねえ」

身体を支える髪を切り落とされた黒魔女はすとんと本体の足で着地する。

「まだだ!」

 シンはもう一度剣を撫で、ツッキーは黒魔女その隙を埋めるべく、

黒魔女に突撃する。

 しかし、突如切られて短くなっていた黒魔女の髪が爆発的に伸び、床を這う

さらにそこから2本の束が審問官2人に向かって伸びる。

「くそっ!」

 シンは光の刃で伸びてくる髪を切り祓おうとするがそれより先に

手首に髪が巻き付き刃を止められ、そのまま全身に巻き付かれ、

身動きが取れないまま持ち上げられてしまう。

「うわっ!?」

 ツッキーも伸びてきた髪に足を取られ転倒させられる。

同時にレイピアを弾かれ、レイピアは床に転がった。

こちらもそのまま全身を髪で拘束され、シン同様に持ち上げられた。

 黒魔女は身動きできなくなった2人を見上げる。

再び自らの身体を髪で押し上げ床から足が離れた。

「やれやれ、物を壊したり、人を殺したりなんてことは、

魔法でなくてもできるでしょうに、それだけの能力があるなら、

もっと面白い事に使えば良いいのに…まさしく無駄な努力ですね」

 2人の体に巻き付いている髪の中の一部が首筋に巻き付いてゆく。

「まあ、それも含めて、これから私が有効活用して差し上げますよ。

では、少し眠ってもらいます」

 2人の首に巻き付いた髪はゆっくりと首を締めあげてゆく。

「く……クソっ……ここ……まで……か」

 シンの意識が遠のいてゆく。

「うっ……ううっ……こっこのっ!」

 ツッキーは意識が薄れていく中、最後の力を振り絞り

魔力の塊を黒魔女に向けて放つ。

「無駄ですよ」

 先程と同じように黒魔女はそれに向けて片手を掲げるが、

それは先程とは違う爆ぜ方をして、強い光を放った。

「むっ!?」

 意表を突かれ、黒魔女は思わず目を細めた。

 その隙を見計らい。シンは何とか腕を動かし、

袖の中に仕込まれた。刃が飛び出すナイフを黒魔女目掛けて射出する。

ナイフの歯には麻痺毒が仕込まれており傷一つでも付けられれば

しばらくは体をまともに動かせなくなる。

 刃が黒魔女に迫る。

 2人を拘束するためにほとんどの髪を使っていたせいで

防御に回せる髪が無く、急激な姿勢制御もできない。

黒魔女の顔に僅かに焦りの表情が見えた、しかし。

パシッ

 黒魔女は本体の小さな両手で挟むようにナイフを受け止めた。

「ふう、ナイスキャッチ。何か塗ってますね、これは危なかったかもしれません」

 ナイフの刃を軽く眺めた後、床に捨てて一息つく。その一瞬、

黒魔女は完全に油断した。


「キルユーですミーッッッ!!!!!!」


 黒魔女の背中から胸を、レイピアが貫いた。

 うさみである。

 黒魔女の目がくらまされた瞬間に、ツッキーが落としたレイピアを拾った。

その直後の一瞬の油断を見逃さず、髪の隙間を縫い、貫いた。

それは正確に、黒魔女の心臓を捕らえていた。

 黒魔女は胸から突き出たレイピアの先端を驚嘆した顔で眺めると、

ゆっくり首を回し、背後のうさみに目を向ける。

「まさか、あなたに一本取られる日が来るとはねえ……」

 その黒魔女の表情から、感情を伺う事は出来ない。

「残念ですミ……。お館様……あなたに少しでも、人の心が残っていれば、

違う結末もあったはずですミ……」

 うさみは悲しそうに遠くを見つめる。

 人の道を外れたこの主には、これまでさんざん悩まされてきた、

それでも、共に過ごした日々には、楽しかったことも、

嬉しかったこともあった。本当は感謝をしている事だって、少なくはないのだ。

「お館様がいなくなったら、うさみもそう長くは生きられませんミ……。

うさみもすぐに、そっちに行きますミ。

あの世でなら、もしかしたら仲良く暮らせるかもしれませんミ……」

 うさみはそう言って目を閉じる。

 そして黒魔女もまた、ゆっくりと目を閉じる。


ティウンティウンティウンウンウン……

 電子的な謎のサウンドと共に黒魔女の体は黒い光となって四散する。


 黒魔女は、死んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る