異端審問官の来訪_3

「な、なにやってますミーッ!?」

 うさみは怒鳴りながらお盆でガスをかきわけ黒魔女に詰め寄る。

黒魔女は髪の毛の中に隠していたガスマスクを素早く装着していた。

「やったのはあなたでしょう」

 ガスマスク越しのすこし籠った声でそう答える。

「やれと言ったのはお館様ですミ!!」

 素直に従った自分も悪いんだろうがとは思いつつもそれを言葉にはしなかった。

 噴射されたのは黒魔女が魔法で生成した睡眠ガスであった。

ちなみに人造人間たるうさみは、呼吸をする必要が無いので

ガスの影響は受けていない。

「ちょっと眠ってもらっただけですよ、健康的な被害は与えない、

安全な魔法物質で生成した睡眠ガスなので問題ありません」

「眠らせたのが問題ですミ!!こんな事したら、反って罪が重くなりますミ!!」

「ですから、そうならないよう全ての疑惑を無かったことにする為の策ですよ」

「……一体、何をするつもりですミ……?」

 嫌な予感しかしない、というか睡眠ガスなど使っている時点で

もはや確実に碌な策ではない。

 黒魔女はガスマスクの奥に得意げな表情を作る、

「頭を切り開いて直接脳を弄って洗脳して、本人たちの記憶と性格を維持したまま、

思考と行動をこちらで完全にコントロールできるようにします。

特にあのシンという男は局長と名乗っていましたからね。

周りからの信頼も厚いでしょう。彼を操れば今の私の無実を証明させるだけでなく、

今後も私に嫌疑がかからないよう、内部工作まで行えるでしょう」

 うさみはドン引きした。

「くっ…腐れ外道にも程がありますミ……!!!!」

「普通では?」

「お前の普通は世間の狂気ですミ!!」

 本当に悪気のない、きょとんとした表情の黒魔女をうさみは蔑んだ目で

睨みつける。

「それにうさみ、あなたも共犯なのですよ? ガスのボタン押したのは

あなたなんですから」

「そんなもん素直に出頭して刑に服しますミ! うさみは悪の手先になど

なりませんミ!!」

「あらそう、まあ、それじゃあ一人でやるだけですけど」

 そう言って黒魔女は髪を伸ばして部屋の隅の棚からロープを取り出し、

眠っている2人を縛ろうとする。

「ちょ…ちょっと! 待ちますミ!」

 そこでうさみは考える。暴走する黒魔女に正面から立ちふさがったところで、

力づくではじき飛ばされるだけである。ならばここはあえて並走し、

横から軌道を逸らすチャンスを伺うべきでないか?

「わっ、わかりましたミ。やっぱりうさみも捕まるのは嫌ですミ。

縛るのはうさみがやりますミ」

 うさみは一旦協力する振りをした。

「あら、そうですか」

 うさみは黒魔女から縄を受け取ると2人を縛る。こっそりと、

すぐに解けるようにして。

「じゃあ、地下室まで運びましょう」

 黒魔女はそう言って髪をを伸ばすと縛られた二人を軽々と持ち上げる。

「ああ、ちょっと、乱暴にしちゃあだめですミよ!?」

「わかってますよ、下手に怪我をさせたら洗脳して帰した後で

他の人に怪しまれるかもしれませんから」

 そう言って地下に2人を運んでゆく黒魔女を、うさみは追う。

 2人が運ばれたのは様々な実験を行う部屋の、隣の物置き部屋であった。

縛られたまま、部屋の隅に横倒しで置かれる。

「それじゃあ、ちょっと実験室の方で準備してくるので見張っていてください。

縄をほどいて起こしたり逃がしたりしないでくださいよ?」

 黒魔女はガスマスクを外してそう言った。

「わかってますミ。さすがのうさみもそんな安直な事はしませんミ」

 うさみはそう言って黒魔女が部屋を出ていくのを見送り、

部屋の扉をそっと閉める。

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