異端審問官の来訪_2

 うさみは2人を黒魔女の待つ客室まで案内した。

 やってきた審問官のうち、一人は初老だが立派な体格をした男性、

異端審問官局長、シン・モンカン。

白髪交じりの髪を短く切りそろえ逆立てている。

顎には大きな傷があり、その一挙手一投足にも隙が無い。

これまで幾人もの異端者たちを、時にはその武力をも用いて退けてきたであろう

まさしく歴戦の猛者と言った風貌だった。

 もう一人は若い女性で局長補佐のツッキー・ソーイ。

赤茶色のショートカットは毛先を綺麗に整えられており

しっかりと前を見据えた曇りのない瞳と姿勢の良い立ち居振る舞いから

規律正しく生真面目な人物であろうことが伺える。

2人とも神官のような服を着て、男は背中に立派な剣をかけ、

女は高級そうな装飾の施されたレイピアを腰に下げていた。

「ようこそ、いらっしゃいました」

 黒魔女はソファに座ったまま2人を出迎える。

「あなたが……黒魔女か……」

 シンはその鋭い目で黒魔女を睨むように凝視する。

 その本体は年端もいかない、黒いワンピースを着た幼女のようであった。

だが、その表情や声、仕草は大人びており老獪さすら感じさせた。

長い髪は体を包むように伸び、毛先は本体の足より長く伸び床まで這っている、

そして左右の髪の束は大きな手のような形で浮いている。

頭には大きな三角棒をかぶり、魔法で操った髪の毛で体を覆い、

着ぐるみの様に動かしていた。遠目から見れば、

大柄な魔女のようにも見える風貌だ。

全身のほとんど黒で覆われた姿の中、ルビーの様に真っ赤な瞳が印象的だった。

(赤い瞳…)

 シンはその瞳を見て、一瞬、何か昔の思い出が頭をよぎった。

だが、すぐに今は警戒を解くべきではないと思考を断った。

体は小さいが、間違いなく子供ではない。油断させるために擬態でもしているのだろうか、シンはそんな風に案じながら、黒魔女と対峙する。

「まあまあ、どうぞ、そちらにおかけください」

 黒魔女はソファに座ったまま2人に座るよう促す。

ややふてぶてしく感じる態度であった。

 シンたち2人は黒魔女と向かい合ってソファに座る。

座るのに邪魔だったので下げている武器は一度体から外したが、

すぐ取れるよう傍らに置く。

「どうぞですミ」

 うさみがお茶を入れて持ってくるが、2人はそれに手を付ける様子は無い。

「うさみはそこで控えておいてください」

 黒魔女はそう言って部屋の壁際を指す。

 うさみは言われた通りお盆を持ったまま部屋の隅に立つ。

元々部屋で事態の行く末を把握しておきたかったので部屋に残るつもりだったが、

わざわざ黒魔女がそういった指示をするのは珍しかったので、少し違和感を覚えた。

 黒魔女と審問官たちは簡単に自己紹介と挨拶を済ませる。

シンもツッキーも、かなり上位の階級のようであり、

黒魔女にかけられた嫌疑については相当重大なものとして扱っている節が伺えた。

 それからシンが険しい顔で話し始める。

「それでは、本題に入らせてもらうが、我々が今日ここに来た理由は……

解っているな?」

 ツッキーが続ける。

「現在、あなたには人道に反した研究、実験及び

禁止されている魔法や薬品の使用、他にも様々な嫌疑がかかっています。

つい先日も、死人を蘇らせた可能性があるという報告も受けています。

さらに、これまでの再三にわたる出廷要請にも全く応じていません。

これについて、何か申し開きがありますか」

 本来こういった場合、嫌疑を受けたものが審問所に出向くのが通例だが

黒魔女はその要求を無視し続けていた。

「噂ではお前は相当に邪悪な魔女であると言われている、もし本当にそうなら、

明日にでもこの館に強制執行が入り、お前の身柄も抑える事になる」

 シンは威圧するような厳しい口調でそう言うが、

「それは困りますねえ。それにそんな噂を真に受けるなんて、

大人げないのではありませんかねえ」

と、黒魔女はらりくらりとした口調で返すとうさみの淹れたお茶を一口すする。

「詳しく話をお聞きしたいので、今からでも審問所に出廷してもらえますか?

あと、そちらの方についてもお話を伺いたいのですが」

 そう言ってツッキーはうさみの方を見る。

「え?うさみもですミ……?」

 うさみは先ほど軽率に自分が人造人間だと名乗ったのを後悔した。

疑惑のデパート黒魔女に作られているのであれば、

危険視されるのは当然の事である。

 ことりと、黒魔女は手に持ったティーカップを置く。

「なるほど、話は分かりました」

「一緒に来て頂けますか?」

 ツッキーは少し前のめりになって腰を浮かす。

「いえ、うさみ、ちょっとそこのボタンを押してください」

 そう言って黒魔女はうさみの傍らにある壁のボタンを指さす。

「ボタン……? これですミ?」

 壁にはうさみには見覚えのないボタンが備え付けられていた。

昨日までは何もなかったはずだ。刹那、うさみは思考を巡らせる。

黒魔女の指示である、碌な装置ではない事は間違いない。

このボタンは、絶対に押してはいけない。

 だが、そこにボタンがあれば押したくなるのが人間の性である。

そしてその性は悲しいかな、人造人間たるうさみにも備わっていた。

「ポチッとな、ですミ」

 うさみはその性に抗いきれずボタンを押してしまう。

ブッシュウウウウウウウウウ

 突如部屋の四方からピンクのガスのようなものが盛大に噴射される。

「何っ!?」

 シンは慌てて立ち上がり傍らに降ろした剣に手をかけるが

そのまま意識を失う。

ツッキーもまた、その隣で意識を失っていた。

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