第2話 異端審問官の来訪 編

異端審問官の来訪_1

「ふんふんふーんミ」

 奇妙な語尾を付けた鼻歌を歌い、白い肌に白い髪、左目はピンクの瞳、

右目には瞳と同じピンクのハートマークが描かれた義眼をはめ、

首と両手両足に包帯を巻いて、ここ、黒魔女亭のダイニングで紅茶を飲み

寛いでいるのは、人造人間うさみ。

 その姿は10代後半くらいの少女であるが、もとは兎であり、

この館の主、黒魔女によって改造されて今の姿となった悲しき怪物クリーチャーである。

 彼女はこの家においては来客の対応や時折黒魔女にお使いを

頼まれる事があるくらいで、特に決められた仕事を負わされているわけでもなく、

毎月決められたお小遣いを貰い、基本的には放任されている、

その生活実態はニートのようなものであった。

「なあ、うさみ」

 そこに廊下から声がかかる。うさみが振り向くと、

そこに居たのは犬であった。


 いや、それは素直に犬と呼べるような風貌では無い。


 顔は頬がたれ、眉間にしわを寄せた顔をした、いわゆるブルフェイス

それが綺麗に直立し、2本足で立っていた。

さらには執事のような服を着て、何より渋い声で人語を操っている。

は黒魔女の実験によってボクサー犬の知能を人間と同等まで高められた、

ただしその代償として犬の最も重要なアイデンティティーともいえる嗅覚を

人間と同等まで退化させられてしまった悲しき怪物クリーチャー

ボクス・ケンであった。

 ケンはうさみよりも早くからこの家に住み、家事や庭の手入れなど、家の管理全般を任されている。基本的には真面目な常識人(犬)であるが、

元が犬ゆえに主に対しての忠誠心が厚く、倫理観の狂った黒魔女にも、

うさみと違い反抗したり毒を吐いたりせずに与えられた業務を

日々淡々とこなしている苦労人(犬)である。


「あ、ケンさんミ。おはようございますミ。何ですミ?」

「これなんだが」

 そう言ってケンは白手袋を嵌めた犬の手で器用につまんで、

木製の彫刻を差し出す。

 人の形、女性の様に見えなくもないが、形は歪で顔立ちも奇妙だった。

頭の上に紐がついていて、ぶら下げられるようになっている。

「倉庫の整理をしていたら出てきたんだが、これ、うさみのか?」

 うさみは顔を寄せてそれを眺めるが、覚えはない。

作りが荒く、店で売っている商品のようには見えなかった。

「違いますミ。お館様の作ったへんてこアイテムじゃないのですミ?」

「うーむ、ワシも最初はそうかと思ったのだが、それにしては

魔法的な要素は感じないし何かギミックが仕掛けられているでもなかったのでな」

「まあ、言われてみればそうですミ」

 改めてうさみはそれを見る。

 確かに黒魔女が作ったものにしては出来が悪い、うさみの物でもないし

ケンのものでもないのなら、過去に来客があった時の忘れ物だろうか?

うさみが首をかしげていると、

「そうか、知らんか。まあ、勝手に捨てるわけにはいかんからな、

お館様はこの時間は実験室にこもっているから、必要な物かあとで聞いてこよう」

と言ってケンは服の胸ポケットにそれを入れた。

「ああ、あと今日は町内会の集まりがあるから、もう少ししたら

家を出るのでよろしくな」

 ケンは社交性皆無の黒魔女に代わり、ご近所付き合いも担っていた。

「はいですミ、いってらっしゃいですミ」

 それだけ話して、ケンは部屋を出て行った。


 それからしばらくして、うさみは一階の客室に黒魔女の姿を見つけた。

「あれ? お館様ですミ、どうしたんですミ? こんな時間に」

 まだ、昼になったばかりである。普段のこの時間は大抵地下の研究室に

こもっているのだが今日は珍しく一階に上がって何やら時間を

気にしているようだった。

「ああ、うさみ。今日はね、来客があるんですよ」

「そうでしたかミ。でも珍しいですミ、お館様がこうやって迎える準備をしているなんてですミ。

あ、そういえばケンさんには会いましたミ?」

「ケンですか? 今日はまだ会ってませんね。何か?」

 ケンは既に出かけた後のようだ。

「そうですかミ。じゃあ行き違いになってしまったんですミね。

さっき倉庫を整理してたらへんな彫刻みたいなものを見つけたって言ってましたミ」

「彫刻……ですか?」

「紐がついてて、ぶら下げられるようになってるやつですミ」

「はて、何でしょう? 見れば思い出すでしょうか」

 黒魔女が上目遣いで記憶を辿っていると、館の門が開く音が聞こえてきた。

「おや、いらしたようですね」

「うさみが行ってきますミ」

 そう言ってうさみはとたとたと玄関まで駆けていくと、

ちょうど扉の前まで来たタイミングでドアノッカーが鳴らされる。

「はーい、今開けますミー」

 玄関の扉を開くとそこに立っていたのは厳かな雰囲気を纏った男女2名だった。

その威圧感に、うさみは思わず身をすくめる。

 男の方は背が高く、うさみを見下ろすように一瞥する。

「黒魔女では無いな、使いの者か何かか?」

「いえ、違いますミ。うさみはお館様に作られてここに住まわされている。

人造人間ですミ」

 男の不躾な態度に少し戸惑いつつうさみがそう答えると、

男は何か不快なものでも見たかのように顔をしかめる。

「人造人間だと…? そんなものまで…」

「そういうあなた方はどちら様ですミ?」

 うさみが尋ねると、一歩引いて男の後ろに控えていた女性が前に出た。

「我々は、王国異端審問官の者です。こちらにお住いの

黒魔女という方にお話を伺いたく。参りました。」


 王国異端審問官。この王都において、悪魔崇拝者や邪教、

ひいては人道に反した研究をする魔術師たちなどの調査、

取り締まりを行う、公的組織である。

 そして、黒魔女の行っている仕事や研究は、どう考えても

この国の法秩序に背き、国の安全平和を脅かしていた。


 それを聞いたうさみは覚悟と憂いを込めた表情で天を仰ぐ。

「ああ、ついにこの黒魔女亭も終焉を迎える時がきたのですミね…」

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