死者蘇生の対価_5
ライトの妹、ヒダリー・マーガリンは、生前の儚く、美しく、
幼い姿を保ったまま、その胸部だけが著しく豊満になっていた。
いわゆるロリ巨乳である。
それを見たライトの怒りは、一瞬にして頂点を超えた。
「あるはずがないだろこんなに乳が!!俺の妹にいぃ!!!!」
ライトは腰に下げた剣を抜き黒魔女に切りかかる。
「俺の妹に……乳を盛るなアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」
青年ライト・マーガリンは極度のロリ巨乳アンチであった。
渾身の力を込めた斬撃を黒魔女はギリギリで躱す。
避けた後の壁には抉れるような大きな傷が残る。
その様子に驚いたヒダリーは兄から離れて壁に背を付ける。
「ちょっとちょっと、危ないじゃないですかあ」
黒魔女は体勢を整えながらのらりくらりとした口調で言う。
「いやいやなんだよこれは!? こんなん聞いてないんだけど!?」
ライトはヒダリーを指さしながら黒魔女に怒鳴り散らす。
当のヒダリーはかつての兄の豹変ぶりにおびえた様子でたじろいでいる。
「姿が変わるかもしれないと、言ったはずですよ?
あなたどんな姿になっても構わないと、言いましたよね?」
「ああ言ったさ! ゾンビみたいになろうがゴブリンみたいになろうが
ドロドロの肉塊みたいになっても愛してやるつもりだったさ!!
でもこれは想定外!! ロリ巨乳だけは無理!!」
そう怒鳴って地団太を踏む。
「あー、人を選ぶジャンルって奴ですミね。
百合が男に堕とされるやつとか。
そういうのを異常に嫌う人っていますミ」
うさみが少し距離を取った場所から呟くと、それに反応したライトが
くるりと向きを変えた。
「いやオレそれは好き。むしろ百合なんてのものは
男に堕とされるための前振りであるべきとさえ思っているくらいだよ。
別に普通の百合が好き、至高、っていうだけなら別に良いんだよ?
でも百合が男に堕とされるやつとか、男が百合に挟まれるのとかを
邪道とか言って毛嫌いする人とは俺は相容れないんだよね。
他の事で気があったとしても、その1点だけでもう仲良くなれる気がしないんだよ、
それで昔友達とマジ喧嘩してさ」
「急に聞いてもいない事を早口で喋り出すなですミ!」
うさみに語り終わるとライトは再び黒魔女の方に向き直る。
「いいから戻せ!! 今すぐ戻せ!!」
そして再び何事も無かったかのようにキレ直す。
そんな兄に妹は巨乳を揺らしながら恐る恐る語り掛ける。
「どうしちゃったのお兄ちゃん?なんでそんなに怒るの……?」
ライトは凛とした顔をヒダリーに向けると、
「今ちょっとお兄ちゃんたち大人の話してるから黙ってなさい」
と窘める。
「いきなり斬りかかっといて何言ってますミ……」
ヒダリーは兄にすがり寄る。
「お兄ちゃん巨乳好きだったでしょ? 好きだったよね?
なのに何でなの?」
「ああもちろん、ただの巨乳ならいいんだよ、むしろ大好きだよ!
でもそれをロリにつけるってのがどう考えてもおかしいんだよ!
砂糖と塩一緒に食べるようなものだろ!?」
「砂糖と塩は料理で一緒に使われますミ……」
「ものの例えだよ! 今そんな話はどうでもいいだろ!!
頼むから妹の胸だけは元に戻してくれ!! 他は何がどうなってもいい!!」
「良くないよお!?」
と、ヒダリーが涙目で叫ぶ。
黒魔女は腕を組んで視線を上に流す。
「うーん、戻せと言われてもねえ、
生命活動を維持するための器官を胸のスペースを内蔵しているので
それをそのまま取ったら妹さんは再び死んでしまうんですよ」
「何だと…寄りにもよって……!」
ライトはよろよろと、壁の方にもたれ腕で壁を叩く。
「まあ、一度は死に、それをあなたの意志で蘇らせたのですから、
生殺与奪の権はあなたにあるでしょう」
そして一呼吸おいた後、黒魔女はまさに悪魔のような表情でライトに問う。
「再び殺して…元の姿に戻しますか?」
「よし!! 殺す!!!!」(チャキッ)
うさみはライトに横からタックルをかます。
「やめろバカ判断が早すぎだろうがミ!!
妹さんの命をなんだと思ってるんですミ!!」
と、そのまま抑え込む。
「離せっ……! 妹を殺して、俺も死ぬっ……!!」
人造人間たるうさみは常人の数倍の馬力を備えている、
だが、それをもってしても長年騎士として修練を積んだライトを
抑えるのはやっとの事だった。
うさみはなんとか剣を奪うと膝で折り、部屋の端のゴミ箱にスラムダンクした。
ヒダリーはうさみの後ろに隠れるように寄り添い、顔だけ出して兄に語り掛ける。
「お兄ちゃん落ち着いてよぉ……わたしは別にこのままでいいよぉ……
むしろこのままがいいよぉ……」
と、たわわになった自分の胸を大事そうに抱えながら
豹変してしまった兄を涙目で見つめる。
一旦落ち着いたライトはゆっくり妹に近づくと片膝をついて
妹の両肩に自分の両手を乗せる。
「いいか? ヒダリー。ロリ巨乳なんてのはイカれた大人たちが考えた
邪悪なジャンルなんだ。お前はもうこの世に存在してはいけないんだ」
「ひどいよぉ~!」
ヒダリーは泣きながら兄を突き飛ばし再びうさみの後ろに身を引く。
うさみは一歩前に出ると、ライトに向けて目を閉じ、首を横に振り、
それから真剣な眼差しでライトの目を見据える。
「ライトさん、……自分が嫌いというだけで、
存在する事まで否定するのは良くないのですミ。
世の中には自分の嫌いなものが大好きという人もいるのですミ。
うさみは、人間が愚かな生き物である事を知っていますミ、
でも、分かり合える心を持っている事も知っていますミ。
嫌いだからと言って否定し合うのではなく、お互いを認め合って、
共に生きる道を模索するべきなのですミ……!!」
うさみは言い終わると、軽くキメ顔をした。
それを聞き終えたライトは俯く、そして少し考えた後、顔を上げる。
「……ああ、確かに、そうかもしれない……。
君の言う通りかもしれない……けどさ、
だったらまずはそっちが俺のような人間を認めるべきなんじゃないかなあ?
何で俺の考え否定してるのかなあ!? 排他しようとしているのかなあ!!??
あっれぇ~!!!??? 言ってること矛盾してないかなあ!!!!????
あっるぇえぇ~~!!!!!?????」
と、めちゃくちゃ煽る感じで反論してきた。
「……くっ、クソッ……なかなか上手い屁理屈ですミ……。
今のうさみではコイツには勝てねえ……ですミ……!」
完全論破されたうさみはおとなしく引き下がり唇を噛む。
その後ろからヒダリーが今一度勇気を出し、巨乳を揺らしながら兄に歩み寄った。
ヒダリーは大きくなった胸に手を当てて懇願する。
「もうやめてよぉ、お兄ちゃん、私、生き返ったんだよ?
一緒におうちに帰れるんでしょう?
私、馬車に轢かれて、体が動かなくなって…体中痛くって、辛かった…。
でも、体の痛みなんかより、このまま死んじゃったら、
もうお兄ちゃんに会えないんじゃないかって、
悲しかった…そっちの方がずっと辛かった…!!
でも、こうやってまた会えたんだよ?
また一緒に暮らせるんだよ!?」
ヒダリーはぼろぼろと、大粒の涙を流す。
「もうやめてよお! 私はお兄ちゃん大好きだよ!?
一緒におうちに帰ろうよお!!また仲良くしてよお!!」
そこまで言った後は言葉を詰まらせ、ただ泣きじゃくるだけだった。
「っ……ヒダリー……!!」
ライトは思い出した。
妹と共に過ごした思い出を、幸せだった日々を、
そして、妹を失った日の悲しみを、絶望を……。
本当に大切だった、最愛の妹である。
だが、だからこそ、それが己の生理的に受け付けない
極めて憎悪すべき邪悪なジャンルに落とし込まれてしまったという怒りも、
悲しみも、絶望も、そう簡単に乗り越えられるものではなかった。
ただのロリ巨乳キャラであればキャラデザインや設定によっては
ギリギリ我慢できる。
いや、実はむしろアリだなと思う事すらあった。……だがしかし、
元々胸のないロリキャラに胸を盛るのだけは、
それだけは、未だどうしても受け入れられなかった。
彼は長男だったが、それでも、我慢できなかった……!
「俺は……俺は……っ!!
があああああああああああああっっ!!!!」
ライトは両手で頭を押さえ、その場に崩れて膝をつき苦悩する。
それをしばし傍観していた黒魔女は突如、手をポンと叩いて声をあげる。
「あ、いいこと思いついた」
それを聞いたうさみは慌てて叫ぶ。
「ッ!? 不味いですミ!! 2人とも!逃げますミ!!」
兄妹2人は急に発された脈絡のないうさみの言葉の意味が解らず戸惑う。
黒魔女は、人としての倫理観が完全に死んでいる。
自分の事しか考えない。自分の興味の為なら周りがどうなろうと構わない。
他人のために善意で行動するなんてことは絶対に無い。
故に黒魔女の「いいこと思いついた」は大抵碌な事にならないという事を
黒魔女と共に過ごしているうさみは知っていたのである。
しかし、そんなうさみの思案とは裏腹に黒魔女は揚々とした口調で、
「何おかしな事言ってるんですかうさみ。あったんですよ、万事解決する方法が。
いやはや、なんですぐに気が付かなかったんでしょう、私とした事が」
と言って、照れくさそうに前髪をかき上げる。
それを聞いたライトはすぐさま黒魔女に詰め寄る。
「それじゃあ、妹の姿も元に戻すことができるんですか?」
「ええ、全て上手く行くでしょう」
黒魔女の腕の様になっていた部分の髪が、ぐにゃりと歪むと
渦を巻くように伸び先端が鋭く尖る。
「あなたに死んでもらう事になりますが」
言い終わるより先に、鋭く尖った魔女の髪がライトの胸を抉っていた。
声を上げる間もなく、妹の目の前で兄、ライト・マーガリンは絶命した。
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