死者蘇生の対価_3

 人造人間…。

 黒魔女というのは、兎を人間の様ににする事まで出来るのか。

たしかに、どこか普通の生き物とは違う雰囲気は感じていた。

兎要素は全く感じなかったが。どこかに名残が残っているのだろうか?

耳も普通だったし。

 部屋に残されたライトは妹の遺体が入った棺を下ろし、

壁際の椅子に座って一人、考えていた。

 程なくして、扉の向こうから2人分の気配が近づいてきた。

 扉が開かれ、ライトはごくりと息を飲む。

「この人が……黒魔女様……」

 扉から出てきたのは、うわさ通り全身が影のように黒い、大柄な魔女……

いや、大柄なのではない。

 その本体はまるで幼女の様に小柄だった。

ライトの妹より、遥かに幼い体つきである。

黒いワンピースを着て、色白の顔以外の全体がほとんど真っ黒な髪で

覆われているのだ。

 頭にも真っ黒なつばの広いとんがり帽子、いわゆる魔女帽をかぶり、そこから

ウェーブのかかった黒髪が床まで伸び、それが這うように足の役割をしている。

 腰のあたりの髪が針金のようにくねっており、本体はそこに座っていた。

髪の左右に大きな二本の束があり、巨大な手のような形になっている。

 まるで、髪で出来た着ぐるみを纏っているかのようであった。

 そして、瞳はルビーの様に真っ赤であった。

 その真っ赤な両目がライトの姿を捕らえる。

「お待たせしました。あなたがご依頼人の……」

 その声は幼女の様な本体の印象とは裏腹に、

穏やかそうな大人の女性の声であった。

「ラ、ライト・マーガリンです!」

 黒魔女の異様な様に座ったまま目を奪われていたライトは、ハッと我に返り

慌てて立ち上がると襟を正し挨拶する。

「実は、黒魔女様に折り入ってお願いが……」

「ああ、はいはい。うさみから聞いていますよ」

 そういって黒魔女に続いて部屋に入ってきたうさみを一瞥する。

「この棺の中に居る方がその妹さんだそうですミ」

 そういってうさみは床に置かれた棺を示す。

「なるほど、では早速、ご遺体の状態を確認させて貰っても?」

「はい……! 今、開きます」

 青年は緊張した面持ちでそう言うと、ゆっくり棺を縛る紐を解き蓋を開ける。

 棺の中の少女は、まるで眠っているように綺麗な姿であった。

傍から見れば遺体だとはわからない程である。

 ライトとは大分、年が離れているようで、まだ10代前半くらいに見える。

肌こそ蒼白だが、死に化粧をされておりその表情は生気すら感じさせた。

ゆるやかなウェーブのかかった色の薄い金髪も艶やかさを保っており、

体も、修復されているようで纏っている白いワンピースの上からでは

怪我の痕跡もわからない。

 細い手足、薄い体、そして、どこか儚さを感じさせる整った顔立ちは

まさに薄幸の美少女、といった言葉を思わせる。

 黒魔女は遺体に近づくと、手で軽く触れながらそれを凝視する。

「ほうほう、死んでからあまり経っていないし、状態も悪くないですね

損傷を修繕している素材は邪魔になるんですが、

この程度ならまあ問題無いですかね」

「では、蘇らせて頂けるんですか!?」

 ライトは真剣な眼差しで黒魔女の目を見つめる。

「ええ、良いでしょう。もちろん、相応の対価は頂きますがね」

 そう言って黒魔女は感情の読めない表情でライトの目を見つめ返す。

「……覚悟は、出来ています。それで…その対価とは一体……」

「蘇生の対価は往々にして手持ちの財産の半分が相場ですね」

「財産の半分……お金……ですか?」

 ライトは高名な騎士の家系であり、家にはそれなりの資産がある。

その半分ともなればかなりの額にはなるが、

残る量も相応なのですぐさま家計が立ち行かなくなるという事は無いだろう。

既に家督も継いでいるので自身の判断のみで問題無く支払える。

親類や家人からは何か言われるかもしれないが、

それで妹が救われるのならば、天秤にかけるまでも無い。

むしろたかがお金だけで済むのかと思ってしまう程の

安い買い物に思えた。

「……問題ありません。その内容でお支払い……」

「ああそれと、一つ」

 ライトの言葉を遮り黒魔女が口を開く。

「蘇らせる際に、このままの姿を保てる補償はありません」

「え?それはどういう…」

 ライトの表情が曇る。

「遺体を蘇らせるには体の生命活動を司る部分を

加工する必要がありますからね。

完全に生前の姿に戻すのは難しいのです」

「そんな……。それはどの程度の物なのでしょう?」

「まあ、生前と見分けがつかなくなるほどではありませんよ。

ただ、どこかが、何かが、歪んでしまうかもしれません。

遺体の状態を見ながら施法してゆくので

具体的にどこがどうかわるかは、やってみないとわからないですね」

 ライトが愛していたのは妹の全てである。

故にもちろん、妹の姿をも愛していた。

綺麗に整った顔、細い腕、細い脚、

まだ女性としての成長を始めたばかりの華奢で薄い体。

かといって、仮にその美しさが損なわれた程度で

愛が覚めてしまうとは思わない。

むしろ心配なのは妹の方である。

蘇った際に姿が変わってしまって、もしそれが

仮に怪物のような醜い姿だったとしたら、妹は自分を愛せるだろうか。

もしそうなったら今度は妹の心を救わなければならない。

自分にそれが出来るだろうか……。

 しかし、青年の心は決まっていた。

たとえそれを背負うことになったとしても、妹のいない世界など耐えられないのだ。

「いえ、心は決まっています。妹がどんな姿になっても構いません。

たとえそれがどんな姿だとしても、私が愛し抜き、

必ず幸せにして見せます。どうか、妹を蘇らせてください」

 ライトは黒魔女の真っ赤な瞳をまっすぐに見据え、そう言った。


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