死者蘇生の対価_2

「ここか……いや、本当にここで良いのか……?」

 棺を背負った青年ライトは森の中の館の門の前に居た。

黒魔女亭は森に入ってから舗装されている道を辿ったらすぐに着いた。

 噂の印象から、もっと奥深く、

人が簡単に近寄れないような場所にあると思い込んでいたのだが拍子抜けである。

 門の奥の入口の扉の上にはポップな文体で「黒魔女亭」と書かれた看板が

でかでかと据えられており、

非常にわかりやすく、親しみさえ感じられた。

 だが、その館の奥からは明らかに異質な気配を感じられ、

ここが只ならぬ場所であることは直感で分かった。

 門を開き石畳を通る。中庭の木々はよく手入れされているようで

きれいに整えられていた。

 扉の前にたどり着くと、青年は背負っている棺を繋ぐ肩にかけた紐を握り

一度深呼吸をする。

 得体のしれない所へ赴く手前、念のため腰に下げていた剣を確認する。

使う事にならなければ良いが…そう念じながら扉に備え付けられた

ドアノッカーを鳴らす。

 しばらくして扉の向こうから、とたとたと小さな足音が聞こえてきた。

緊張が高まり、じんわりと汗が滲んでくる。

 足音がすぐ傍まで来ると、扉は不気味にきしむ音を立てながら

ゆっくりと開かれた。

「いらっしゃいませですミ」

 薄暗い扉の奥から奇妙な語尾をつけた挨拶をしながら現れたのは、

七分丈くらいの黒いシャツの上に、ピンクのキャミソールのような服を重ね、

下は同じくピンク色のロングスカートを穿いている、

一見すると十代後半ほどの、少女のようだった。

 だが、それは人の形こそ取っているが、全身がまるで作り物のような

異質な雰囲気に包まれていた。

 白い髪に白い肌。左目の瞳は美しいピンク色をしていたが

右目は義眼がはめ込まれていた、黒地に左の瞳と同じ色の

ハートマークが描かれている。

 そして袖の先から見える腕は指先まで白い包帯で覆われ、

それは首と、スカートのすそから見える足にも巻かれていた。

 恐らく、人間ではない。青年はそう感じ、息をのみしばし固まってしまっていると

「あの、どちら様ですミ…?」

と、は黙ったままの来客に、少し眉を寄せ、

後ろに背負った大きな棺に気づくと、訝し気な視線を見せた。

 我に返ったライトは慌てて自己紹介をした。

「俺…いや、私はライト・マーガリンという騎士の家系の者です。

実は折り入ってここに住むという黒魔女様にお願いがございまして…!」

 ライトが名乗るとそれは警戒を解き肩の力を抜いた。

「ああ、お館様にご用でしたかミ。どうぞですミ」

 お館様というのはこの館の主である黒魔女の事である。

は黒魔女の事をそう呼んでいた。

「は、はい……」

 扉が大きく開かれライトは棺が扉にぶつけないよう気を付けながら

館の中に足を踏み入れる。

 館の中は外観から感じ取れる雰囲気とは裏腹に、

ごく普通の一般家庭のような雰囲気であった。

「…その棺は何ですミ?」

 廊下を通りながら、は少し振り返り、

横目でライトを見据えながら問いかける。

「ああ…これは、先日馬車に轢かれて亡くなってしまった妹です。

どうしても…妹の死を受け入れられませんでした。

それで、うわさに聞く黒魔女様の力であれば妹を蘇らせられるのではないかと、

馳せ参じた次第です。…黒魔女様は、死者を蘇らせることは出来るのでしょうか?」

 は、視線を前に戻すと、

「なるほどですミ。そういう事でしたかミ。

まあ、可能でしょうミ。お館様は色々な意味で常軌を逸していますミ」

と、答えた。

「本当ですか……! どうか、お願いします!その為でしたら、

私に出来る事は何でもする覚悟です」

 青年は必至の形相で懇願した。

「では、棺も大きいので、直接地下の方に案内しますミ」

 2人は廊下を抜け、地下への階段を降りる。

 通されたのは薄暗い石造りの広間のような場所で、奥にいくつか扉がある。

壁沿いには簡単な長椅子が置いてあるり床には赤黒い絨毯が敷かれていた。

「お館様を呼んで来るので、ここでお待ち下さいですミ。

棺は床に降ろすといいですミ」

 そう言うとは奥の扉へ向ってゆく。

 ふと、ライトはこのままこの薄暗い部屋にとり残されることに少し不安を感じ

兼ねてから気になっていた事を問いかけた。

「あの、ところであなたは一体…黒魔女様のお弟子さんなどでしょうか?」

 するとは振り返り首を横に振った。

「違いますミ。うさみはお館様によって作られ、ここに住まわされている、

……人造人間ですミ」

「人造……人間……?」

「はいですミ。うさみは元々はただの兎だったのですミ。

それがうさみの意思とは関係なく、お館様の興味本位で、

体も知能も、原型を留めない程に改造されてしまった……」

うさみは遠い目をして言った。

「悲しき怪物クリーチャーなのですミ」


 人造人間うさみ。彼女こそが、

この物語の主人公たる、悲しき怪物クリーチャーである。

 そして、念のため補足しておくと、

冒頭から登場してる騎士の青年ライトは主人公などではなく、

この1話かぎりの使い捨てゲストキャラであった。

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