A Theater Grand Guignol


 ハートの女王は分断された。指の関節の細かさから、太ももの大きい骨に至るまで、それは細分化されて行われた。それこそ俺の本望であり、ハートの女王も自ら望んでいるような行動であった。


 彼女を切り裂いている間に流れ出た体液は白色であった。たまに赤色を孕ませて、彼女が本当にトランプの民であることを理解した。それ故に切断についてはなによりもやりやすかった。


 ──目の前にはアリスがいる。


 アリスは凄惨な体でそこにいる。俺はアリスを守ることはできなかった。アリスはこれ以上見た目を整えて生きることはできないだろう。俺は彼女を守護することはできなかったのだ。


 



 物語にはエンドロールが必要だ。物語にはハッピーエンドが望ましい。不思議の国のアリスはハッピーエンドであった。鏡の国のアリスでさえも、きっとあれはハッピーエンドであった。それならば、このアリスの話についてもハッピーエンドである必要がある。


 ……これは物語か?


 ──いいや、これは一つの舞台装置だった。





 子供向けの童話が嫌いだった。それは安易なハッピーエンドや単純なバッドエンドで気取る人間が嫌いだと表現することもできた。だからこそ俺は、こうして不思議の国のアリスを、ルイス・キャロルの作り上げた世界を凌辱した。それで俺は満足するべきだった。


 これまでの主人公の行動も、薬物に踊り上げた世界観も、すべてがすべて俺の自己満足だった。……本当にそうだろうか。


 これは一つの舞台装置だ。


 創作家ロルドは、グランギニョールという舞台装置を作り上げた。俺はこうしてアリスの物語を完結させたかったのだ。


 幻想的童話などない。薬物におぼれる人間もいない。それを調査するものもいない。虐げられる少女もいない。それは一つの幻想だ。幻想だからこそ虚無なのだ。それは物語という虚無なのだ。


 虚無というものに何を望むというのだろう。


 俺は、歩みを進めた。





 それは暗幕だった。ここは舞台の裏である。物語の終わりはそこにある。


 そこに物語の終わりを望むとして、どのような終わり方を望むべきなのだろう。


 ハッピーエンドがこの物語に存在するのだろうか。バッドエンドがこの物語に存在するのだろうか。ありきたりに前に進む話はここに存在するのだろうか。後ろを向いて嘆く話はここに存在するのだろうか。


 ここには、それはない。


 それなら、この物語は──。




◇●▽◆〇


 この物語はフィクションでしかない。語り上げる存在は偽物でしかない。そこに本物は存在しない。


 そう、役者は語り上げている。


 そう、役者は語り上げている。


 そう、役者は語り上げている。


 私は、それを理解することができない。


 意味が分からないのだ。それを理解することは難しいというより、そもそもが意味不明なのだ。


 舞台の幕は創作家ロルドによって、断ち切られた。もう、その幕は上がることも下がることもない。舞台はもう物語を紡がない。


 登場人物は、ずっと一人だったのだ。


 この物語も、演者も、語りも、この文章も。


 いつまでも、どこまでも、何も変わらない普遍的な一人の語り。


 私は貴方に語り上げる。語り上げている。


 そう、私は語り上げている。


 貴方に、私は語り上げている。




〇◆△●◇


 金木犀の香りがした。でんぷんのりの香りが鼻を刺激してしょうがない。


 ハロウィンを記念して行われた演劇は、どうでもいい演劇によって幕を閉じた。


 閉じた、というよりも切断されていた。


 あの物語は、どういう話だったのだろう。それをずっと考えているのに、そのどれもを理解することができない。


 ──この思考でさえも物語なのだ。私もきっと登場人物であり、この思考でさえもエンドロールだ。そう考えさせる物語だったと、そう考えるべきなのか。


 よく、わからない。あれは理解させる物語ではないのだから、きっとそれでいいのだろう。


 もう、どうでもいい。


 今日はさつまいもでも買って、適当に時間を過ごすことにしよう。


 そういうオチにしよう。

 

 そういうオチにしてしまおう。

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Pumpkin K'Night 若椿柳阿 @WakaRyuu

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