Bridge of Corpses

 進めば進むほどに世界に明るさが伴っていく。その明るさは疑似的な天体としての太陽が主張していて、それは一つの現実世界と見まがうほどに綺麗な明るさであった。


 俺が引きちぎってきた草草の詳細な姿が見えた。そのどれもに顔がついているようでついていなかったり、声帯があるようでなかったり、どれが本物なのかはわからない。だが、トンネルの行く先はとてもきれいな滝を隔てた橋が存在していた。


 橋は赤色だった。もしくは黒色で彩られていた。


 切断されたクローバーとスペードの残骸が積み重なっていた。一枚一枚が赤い絵の具の粘着性によってくっつけられるような歪さがそこにはあった。そこに物が乗っかれば、それだけで橋は崩れそうなほどに、それは安定感がない。俺の吐く息一つでも崩れそうな薄いトランプの橋は、おそらく人という身であるならば、もしくは人という身でなくとも渡ろうとはしなかった。だが、その先にはトランプの国があることを俺は知っていた。


 俺は、橋をおそるおそる渡った。風など存在しないのに、まるで突風に吹かれるような錯覚がそこにあった。手すりがないので、俺は足元にだけ意識を集中させて、そのまま歩みを進めた。踏まれるトランプに悲鳴は上がらなかった。既に切断をされているのだ、それに意識を持つことなどできようもないだろう。俺はどうしようもない思考を繰り返していた。


 これらを殺したのは誰だったか。その詳細を思い出すことはとても容易だ。人間だ。人間でしかない。マジックショウにて使われたトランプ切断の手品の道具として、彼らは利用され殺されたのだった。その時にも悲鳴は上がらなかった。無機物に対して感情を抱くことは物語としては美しくなかったからかもしれない。だから、誰一人としてそれを悲しむ者はいなかった。


 きっと、アリス以外は。


 アリスだけはその光景を見て涙を流していた。アリスは物の存在についてをよく考えていた。大儀について、対なる定義についてをよく考えていた。有無とはなにか、物語とは何か、現実とは何か、非現実とは何か。物語に心を響かせる現実の滑稽さを。現実に思った非現実的な空想を童話に描かさせるひどく乖離した考え方をアリスは繰り返していた。


 ……本当にそれはアリスがやったことだったのだろうか。俺にはわからない。ルイス・キャロルがやったことなのではないだろうか。


 どうでもいい、俺はトランプの死骸を踏みつけながら前に進んだ。





 断頭台があった。断頭台は縦横無尽に、綺麗に間隔を開けて並べて置いてあった。そこにはトランプの残骸がひとつずつ置かれていたり、もしくはウサギの斬首された後の死骸が重なっていた。だが、心は揺さぶられなかった。


 ひどい大地だと思う。先ほど歩いてきた大地には草草は少なからず存在していたはずなのに、ここには何一つ存在しない。血塗られる景色と死骸がきれいに並べているだけである。断頭台のすべての刃に赤色が飾られていた。おそらくその色すべては、ハートのマークを彩っていた。一つの喜びと賛美を表すような、狂気的な宗教を表すような雰囲気を醸し出していた。


 そこには誰もいなかった。声をかける気も起こらなかった。そもそも人の気配も、物の気配も、生きとし生ける存在は何も存在していなかった。だから、声をかけても意味などないはずだった。


 『ここで止まるべきだろう』


 俺の心の中に声がささやいた。ひどく不気味な声だった。それを雄か雌か、男か女かを判断することはできなかったのだ。中性的なそれはひどく無機質なものだった。それなのに邪悪な印象を孕んでいるのが困りものだった。俺はあゆみを止めることはせず、断頭台の横を通っていく。


 ──目の前に断頭台があった。


 今にも俺の首を通そうというように、断頭台は準備が行われていた。俺はそれを横に通って、そうして前へと──。


 ──それでも目の前に断頭台はあった。横に移動──、断頭台。


 断頭台、断頭台、断頭台、断頭台。


 断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台断頭台。


 『正気のままには通れない。そのことを知ったこの国の住人は、すべての頭をここに通したのさ』


 歩けば歩くほどに断頭台は俺の首をくくろうとしてくる。


 ──それなら、それでいいのかもしれない。


 俺は、断頭台に頭を通した。


 ギロチンは今か今かと動きだそうとしている。その刃にまだ血はついていなかった。それは俺のためだけに用意された断頭台であった。


 首はもう動かない。腕は何者かに縛られていた。


 じゃあ逝こうか。


 俺はそう声を出すことで、世界に合図をした。



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