Murderer in the Wonder Forest
◇
心に刻まれた命令が一つだけ脳裏に繰り返されていた。その命令が絶対であることを認識して、俺は言葉を口にした。
「──アリスはどこだ」
俺はアリスを探さなければならなかった。アリスは俺の守護対象だった。可憐なる少女の魅惑的な足を、手を、指を救わなければいけなかった。おそらくそこには性欲の何某しか関わらない、下品な欲求だけしか存在していなかった。
俺は誰だと問うことも鬱陶しかった。
手にはナイフが存在していた。ナイフを取り出したからには、それを騎士の剣として振舞うしかなかった。
俺は、立ち上がった。
葉緑は視界から立ち去って行った。気づかなくとも、そこは木下だった。
明るさは存在しなかった。俺は適当に歩くことにした。
視界の隅には黄色と赤と白色の花があった。
「──お客さま! お客さま! お客さま! お客さま! お客さま!お客──」
花は綺麗な声で歌いあげていた。それを綺麗だと言ってしまえば、自分の美徳的な価値観は揺るがないものと信じることができてしまった。
俺はその価値を永遠にしなければいけないような衝動があった、だから、騎士としてのふるまいを矜持として心に抱いて、そこにある花共を手折ることを差し上げた。
花に悲鳴はなかった。悲鳴を上げたのは俺だった。
花には棘があった。誤魔化すように微細に繰り広げられている輪廻の棘がそこにはあった。棘は俺の指をむしり取って、人差し指は地面に零れ落ちていた。
だが、不思議と痛みは存在していなかった。痛みを見出すことはできなかった。
人差し指は、ひとつのジャムパンであった。指の中にはイチゴのジャムがこれでもかと敷き詰められている、俺はそれにかぶりつくことで甘味を得ることができた。どこか腐り果てた甘い匂いが口元に広がる。俺はそれに喜びを見いだすことはできなかった。
手折ることができなければ、刃で切り裂くだけだった。
「──お客さま! お客さま! お客さま! お客さま! お客さま!お客──」
未だに五月蠅くなり響く花の合唱は、俺がナイフを振ることで言葉を止めた。花からは黄色い体液がぴしゃりと飛び散った。蛍光色をしたそれは床の暗さをまんべんなく明るく染めていくので、俺はその樹液を周囲にまき散らしたくなった。だがそれを掬えるものはどこにもない。俺は救われなかった。
周囲を見渡してみれば、そこは当たり前のように森だった。地面には茶色の要素が見当たらなかった。鬱蒼と草草だけが生え散らかしていた。
──見覚えのある道のりだ。その先に何があるのかを俺はよく知っている。
東の方に行けばお菓子の国があるはずだった。そこには変哲のない菓子の城が乱立しており、その高くそびえたつ城頭は菓子の脆さゆえに崩れかけていたはずだった。
西の方に行けばガラクタの国があったはずだった。廃材だけが存在する滅びの国でしかなかった。そこに行きつくものは機械を免れることのできなかった使徒に使い古された適当な機械民族のみが蔓延ってた。それを理解することはできなかった。
それならば、俺は北の国に行こうかと思った。
北の国に存在するのは、先進力のあるトランプの国だった。旗を掲げていたダイヤの女王はハートの女王に肉を食い荒らされた。いいや、ハートの化身にその身をささげられていたのだった。
マジックのショウに使われたクローバーとスペードは切断の生贄になった。生贄になった彼らは、それらをトランプの国とおとぎの森とを続かせる橋としてそれを建築しあげた。
今なら、俺でも行けるかもしれない。
過去に行ったことがある。俺はその際にパンプキンのポタージュにされたことを思い出す。その時は脳漿を破壊され、目をくりぬかれた記憶があった。それはきっと止め処ない歴史のひとつだった。
──俺は、誰だ? 私は、僕は某は。
……考えていてもらちが明かない。終わらない命だってそこにあるはずだろう。俺はアリスを見つけ出さなければいけない。アリスはどこだ。きっと、そこにいるはずなのだ。
アリスは可憐的少女である。艶めかしい肢体を持つ彼女はこの世界に幽閉されたはずだ。
俺は守護を持てない。だから、目的としてアリスを守ることを決意していたのだ。俺はアリスを守らなければいけない。創作者による凌辱を許してはいけなかった。
歩き出す。見覚えのある道を見定めて、方角の先にある北のトランプの国へと歩かなければいけなかった。
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