Pumpkin K'Night
〇
それは一つのおとぎ話だった。
かぼちゃの仮面を着ていたナイトがそこにいた。ナイトとはいっても自称のものでしかなかった。そもそも守るような対象が存在しない。
ナイトの存在意義とは、人を護衛することである。だが、守護する存在がいなければ、それは道化と同じような意味しか持たない。単純な演出なのだ。ナイトという存在は。
その騎士はばかげた名称で呼ばれた。「かぼちゃの騎士」という馬鹿馬鹿しい名前で呼ばれた。
おとぎの国には、そんなどうでもいい噂だけが繰り返された。
●
アリスの存在は秘匿とされていた。
それを追うものは、チェシャ猫であろうと白兎であろうと許されなかった。ハートの女王が追うものの首を切断していた。
あらゆる意味でアリスは自由だった。そう考えればつじつまが合うように感じてしまう。
ルイス・キャロルはアリスの身体を求めていたのだ。だからおとぎの国を作り出し、そこに監禁を行おうとした。木下に穴を掘って、そこに世界を演出することによって、アリスを監禁することに成功したのだ。
おとぎの国のルールはひとつだ。アリスをそこに留めよ。それだけしか存在しなかった。
各々は無意識に行動を行い、そうしてアリスを監禁することに成功したのだった。
キャロルは欲望にまみれていた。
おとぎの国の住人はその欲望のいびつさに納得しかしない。それを疑うものは存在しないのだ。おとぎの国は、不思議の国とはキャロルの世界だった。
ある意味無秩序に構成されている幻想的非現実世界は閉ざされていく。そこにアリスはいるのである。
そこにアリスはいるのである。
そこにアリスは──。
◇
仮面の内側には、仮面があった。いや、仮面というよりは顔だった。だが、顔は仮面であった。
そこに声はなかった。笑った顔で俺を見つめていた。
それはひどく嘲笑的であった。俺のナイフを見て嘲笑っていた。その顔に存在する生はなかった。男でもなく、女でもなかった。それはおそらく人と言えるものではなかった。
俺は悲鳴をあげそうになった。だが、それをするのが自分自身で滑稽にしか思えなくて、そうして行動することを許すことができなかった。
「──やあ諸君! 世界のケロイドの波にもまれる偏在的なアルカリに溶け込んだ義肢的幼稚さよ! こんにちは! こんにちは!」
仮面は、──語り上げた。
「君の名前は今日からアリスという名前にする! そういう決定を内包的な宇宙から大きさから、グリムは語り上げているのだ! そうだ! そうなのだ!
適当な返事をするがいい! それによって夢を見ることもかなわないかもわからないだろう! 理解をすればいい! わかればいい! わかればいいのだ!」
──奇妙な言語を語り上げていく。
その顔は、──割れていく。
割れた先には卵があった。いいや、その中にある卵はさらに割れて、さらに卵が割れた。マトリョーシカの卵が存在していた。それは永遠微細の琥珀的象徴として繰り返されていた。
微粒子の制動性について考えなければいけなかった。素子の還元性について考えることができれば、目の前にある暗闇の正体を判別することはできないような気がした。俺私某僕は、夢見心地の気分がしていた。鏡の波が俺我某儂は夢見がちの心をガラスの反射に映そうとしていた。
──黒色のスウィートホームは吐き出す唖然とした鬱屈を待たずしても明くるを望んで、世界へと誘おうとしている。されどもこの世界における神作りし民故たる所以か言葉を失うこともあらかじめ虚栄に埋め込まれた残骸の一つとして、事欠片のあり為すべき結果は終わったこととしてそこにはあったのだ!
「──さあ! 来たれ! 我がかぼちゃの騎士よ! 存在せしもない守護対象をカヤにおいて、そうして世界を私に誘うべきなのだ! きたれ! きたれ! きたれぇぇ~!!」
──そうして、世界は木々の葉っぱに彩られた。
◇
緑葉がそこにはあった。秋という季節をないがしろにして目を刺激する黄緑の世界がどこか痛々しく感じる。菓子の匂いが鼻を覆っていく。その放置された甘ったるい刺激臭は一種の毒物となり、世界は一気に不快なものへと切り替わった。
──ここはどこなのか。
俺はそれを把握することができない。
俺は自室の中にいたはずだった。快楽的な殺人を繰り返そうと、俺は人を誘拐し、その悲痛の叫びに心を悦に浸らせてしまおうとしていたのに、どうしてか今の此処は確実に自室ではなかった。
──ここはどこなのだ。
ここは、どこなのだ。
──アリスを、探さなければいけなかった。
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