第6話 NPC

「私も戦います!」

「ダメだ! わしが生きてる内にさっさと逃げな、バカたれ」


「うっせぇなぁごちゃごちゃと」


 電流が駆け巡るなか、転生者は腰を屈めて魔石をせっせと拾い集める。


「これ集めたらお前らもやるから」

「させるか!」


 ばぁばは転生者に向かって突撃する。何度も電撃を喰らいながらも止まらない。


「うぜぇ」


 転生者は指を鳴らす。それに呼応したように落雷が教会の屋根を割り、ばぁばの体を貫く。


「うがぁああああぁああああぁ」


 私はまだ何が起こっているのか理解できていなかった。悲痛な声は唐突に途絶え、そこに魔石だけが残った。


「ど、どうして」


 転生者は彼女の魔石を拾いこちらに向かってくる。


「どうしてみんなを」


 恐怖と悲しさと怒りで声が震える。


「戻るためだよ。元の世界に。元に戻すために」

「な、何を言って――」


 その時私は恐怖で一杯になった。リリカだ。


 リリカが崩れかけた教会の陰で短剣を持ち転生者に向かって行く。


 嫌、止めて。死んだらどうするんですか。本当に止めて、リリカを殺さないで――。私は叫びたかった。しかしどんなに力を込めても声は出ない。


「うわあああああああ!」

「うっせぇなぁ」


 転生者は蚊でも払うかのように電流を送り、リリカは一瞬で蒸発してしまった。


「いやぁぁぁあああああ!」


 私は立っていられなかった。嘘だ。そんな……。地面に突っ伏し砂を握る。右腕のタトゥーが焼けるように熱くなった。呼吸ができない。手で涙を拭おうとすると、嚙みタバコの残りが地面に転がった。


 《ブレイブハート》なら。私は這う這うの体で嚙みタバコを砂ごと口に含んだ。


 せめて一太刀。いまだ震える手でロングソードを引き抜き決死し、突撃する。


「くらえぇえええええ!」

「ちっ」


 転生者は細い人差し指をこちらに向ける。その先から矢のような電流が打ち出される。避けられない。避けるつもりもない。せめて一太刀でも傷を――


「《滞れジャム》!」


 誰かが遅延の魔法を唱える。雷の矢の進みは遅くなり、その隙に誰かが私を引っ張って直撃は免れた。ミーナだ。他にも私の身長ほどもある戦槌を肩に載せたツインテールの女と、白ローブのずんぐりむっくりとした魔術師がいる。


 ミーナは私を心配そうな顔で見つめた。


「アリスちゃん!」

「ミーナ、なぜです!」


 ミーナはきょとんとする。その間にも転生者は矢継ぎ早に雷撃を放つ。しかし、杖を掲げた白ローブの魔術師の防御魔法がそれらを弾く。


「なぜ止めたんです! あいつはみんなを、リリカを!」


 私がどれだけ暴れてもミーナは離してくれない。


「ミーナ、離してください!」

「は、離しません」

「どうして!」

「私の大切な人だから」


 お願い、離して。私があいつを殺さなきゃいけないんだ。


「《ブレイブハート》……ね」


 人の身長ほどもある戦槌を肩に載せたツインテールの女がゆっくりと歩いてくる。女は突然、私の頬を鷲掴みにした。


「ふごっふ、わわにふるんへすか」

「これは貴方には分不相応」


 私は口に手を突っ込まれ嚙みタバコを吐き出さされた。


「おえぇぇ。いきなり何を」


 女は頬を掴んだまま続ける。


「《ブレイブハート》は弱い心を隠すためのものじゃない」

「私は弱くなんか――」


「ギエエエエエエエイイイイアアアァァァ!」


 突如後方から禍々しい咆哮が聞こえる。それを聞いてツインテールの女がミーナに声を掛けた。


「貴方は彼女を」

「あ、はい、あああありがとうございました」

「もう魔法障壁シェルが持ちません! 後ろからはドラゴンの新手です!」


 後ろで魔術師が声を上げる。ツインテールの女はそっと立ち上がり魔術師がいるほうへ駆けた。そして防御魔法が切れる。


 ミーナは私を抱えたまま横にすっ飛んだ。元居た場所は黒焦げになった。


「ちょこまかと」


 ミーナは寸でのところで転生者の雷撃を躱し続ける。


「逃がすかよ」


 だが、町の出口方向に電流の網が張り巡らされ、逃げ道を塞がれた。


「ど、どうしてこんなことを」


 ミーナは私をそっと地面に降ろし、片手剣を抜く。


「どうしてって、魔石集めだよ。NPCのくせに喋んなよ。これで終わりだ」


 転生者は右腕を掲げそこに電力を集中させる。ミーナに避ける気はない。私をかばうつもりだ。また何もできず全てを失うなんて嫌だ。


 ――アリス。


 私の頭の中で誰かの声がする。


 ――アリスおねえちゃん。


 リリカ? リリカはさっき転生者に――


 極太の紫電が轟音と共に放たれる。その時私は咄嗟にぬかるみ生成クリエイトマッドをミーナの頭上に発動させた。いや、発動させられたように感じた。


 ミーナは電撃をもろに受けふっとばされる。だが、すぐに立ち上がって私を抱き、身を挺して守ろうとする。


「い、今のは、アリス?」

「いや――」

「はぁ? モブのくせに手間取らせやがって」


 転生者は再び電撃を放つ。私はロングソードを前に投げ、地面に突き刺した。そしてミーナに飛びつき地面に伏せた。電撃は避雷針となったロングソードに吸収アースされ消滅した。

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