第5話 帰還
「カタカタカタ……」
しまった……! リッチは私に狙いを付け炎の魔法を放つ。小さな、しかし大きな熱量を持った炎の凝集体が私の眉間を貫こうと迫る。
「あぶっ!」
「ありっ……」
ミーナが間一髪で私の頭を押さえつけた。そして彼女は顔を私の耳元に近づけて、小さな声でつぶやいた。
「アリスちゃん、さ、作戦があります」
「ん?」
「アリスちゃんは真っ直ぐジャイアントゴブリンにつ、突っ込んで」
「囮ですか、信頼してますよ」
「うん、ありがと」
ミーナは要件を言い終えると再び洞窟の暗闇に消えた。それに合わせリッチも姿を消す。私は1人じゃない。覚悟を決めてジャイアントゴブリンに突っ込む。
ジャイアントゴブリンは足を引きずりながら、パンプアップさせた両腕で匍匐前進で迫りくる。馬鹿正直に突っ込めば戦車に轢かれるようにひとたまりもない。私の左足首の《
ゴブリンは泥に腕を滑らせドスンと頭を地面に付ける。私は魔力強化とロングソードを振り上げた勢いでその背に飛び乗り、首にロングソードを突き刺した。ゴブリンは噴水のように血を吹き上げたあと、人の頭ほどの魔石に変わった。
「ううう、アリスちゃん、すごいです」
ミーナは私の頭をわさわさとなでた。
「もう、やめてください。子供じゃないんですし」
「わわ、ごめん」
「そんなすぐにやめないでください」
「ほわ?」
私はしばらくミーナの手の温かさと自信を感じながら洞窟の出口への道を歩いた。これからは守られるだけではなく共に戦うことができる。私は血と泥でぐしょぐしょになった手でロングソードを握りしめた。それはまだ少し熱を帯びているように感じた。
そうして私たちは森を抜け町が見えるところまでやってきた。町に日が沈んでゆく。
「う、噓だ」
「どうしたんですか、ミーナ」
「ま、町に、ドラゴンが」
そう言うとミーナは軽々と私を小脇に抱え、猛スピードで走り出した。町で何が起こっているか私には分からない。そんな不安はあるが、ミーナが逃げろと言わずに私を連れて行ってくれていることが少し嬉しかった。ミーナと私なら多分何とかなる。そんな希望があった。
だが、その希望はすぐに打ち砕かれた。町は煌々と燃えているのだ。町の入り口に近づくと肌がチリチリと燻るような熱を感じた。
「わ、私は、ドラゴンを」
「私、孤児院へ行きます!」
ミーナは私に小さく頷いて、悍ましい咆哮の元へ駆けていった。私はミーナと反対方向に走り出す。リリカ、ばぁば、みんなが無事でいることを願って走った。
教会と孤児院はまだ無事だった。ばぁばは教会の戸の前で大鎌を構えて立っていた。いつもの神官服とは変わって冒険者のような装備をしている。
「ばばぁ! 無事ですか。みんなは逃げたんですか」
「ばばぁ言うな。逃げてねぇよ。ドラゴンの目の前で身一つで逃げるなんて餌にされるだけだろうが。あんたもさっさと入りな」
ばぁばが教会の戸を開けるとそこには孤児院の子供達だけでなく、タバコ屋やいつものギャンブル仲間など見知った顔がたくさんいた。
「アリス、心配したぜ。嚙みタバコはどうだったか? お前のことだ、すぐに使ったんだろ」
「おかげで助かりましたよ」
「そりゃよかったぜ。ああ、タバコ1本吸うか?」
「子供の前で止めてください。刺しますよ」
タバコ屋は「悪りぃ、悪りぃ」と言ってタバコを仕舞う。そして手提げ袋の中から箱を取り出してテーブルに置いた。
「牌持って逃げてきたのは正解だったな。メンツは揃った、一局打つか」
「は? こんな状況で?」
「死ぬときゃ死ぬさ。アリス、さっさと積めって」
呆れたのと喉が乾いたのとでテーブルのコップに水を注ごうとした瞬間、天井が割れ何かが降ってきた。テーブルの上の麻雀牌が床に散らばる。私は咄嗟に飛び退く。落ちて来たのは男だ。そいつはタバコ屋の首を掴んでいた。
「そう死ぬときゃ死ぬんだ。あんたもここにいる全員もな」
「おおおおお前は、転生者かっ……!」
転生者と呼ばれた男は体から電撃を迸らせた。次の瞬間、彼の周りが一瞬で灰と化した。地面にぽつりぽつりと赤い魔石が転がる。
「ドラゴンが殺して俺は人魔石を回収するだけって聞いていたのだが」
男はタバコ屋だった赤い魔石、つまり人が人に殺された時に残る人魔石を摘まんで袋に無造作に突っ込んだ。
何が起こったの? みんな、死んだ?
この男が殺した。私は――
「アリス!! 離れろ!」
頭が真っ白になっている間にばぁばは教会の戸を蹴り開けた。彼女は私と転生者の間に入り片手で大鎌を構える。そして余った後ろ手に私は鷲掴みされ、たちまち視界が複雑に回転する。教会の窓から外へ放り投げられたのだ。
「ばぁば!」
窓から大鎌を正面に構えたシスター長が見える。そこに電撃が飛ぶ。彼女はそれを鎌で薙ぎ払る。電撃は拡散し、教会の壁や内装をみるみるうちに破壊していく。
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