第弐拾弐話 イレギュラー

「なんでわたくしが貴方を抱えて逃げないといけないんですの?!」

「ブラフマーさんが派手にやり過ぎたからでしょ!!」


 ルカはノルトフォークにおんぶされ、必死に敵の追撃から逃れんと味方の陣地へと撤退していた。


 それというのも、補給の中継地点として要衝となるであろうミハイロフカ市街近郊まで到達した頃。旧市街に巨大な蟻塚のような構造物が存在し、これはもしや敵の基地なのではとノルトフォークは先制ナパームをぶっ放したのだ。


 そして、雑なナパームの投下にルカは巻き込まれ、下半身を丸焦げにされてしまったのである。加えてなんと運の悪いことか。ノルトフォークが火を付けた蟻塚状構造物は本当に敵の基地であったのだ。


 敵は基地を燃やされて怒り狂ったか。浸透襲撃種ガルマディアを筆頭として、未確認の種まで含めた大量の群体が蟻塚から湧き出し、ルカ達に襲い掛かった。


 その時、ノルトフォークは何をしたか。


 ルカは不死で再生能力があるからとその場に放置して我先にと逃げ帰ろうとしたのである。全くもって信じられない。結局ルカが鬼の形相で服の裾を掴み、無理くりおぶらせて絶賛撤退中だ。


「というか貴方もう足再生しているでありましょうに!! 自分で走ってくださいまし!!」


 足元でロケットエンジンの爆音をがなり立て、スキーでもするみたいに大地を滑走しながらよく言う。正直、ジェットコースターをしなくていいのでルカとしては非常に楽である。


「は?! 元はと言えばブラフマーさんがやらかしたせいでしょ!! 自分の尻拭いくらいしてくださいよ!!」

「あ゛ぁ゛?! 貴方っ!! 貴族に向かって尻拭いなんて侮辱罪ですわよ!!」


 さしものルカもピキピキと頭に血が上ってくる。というか、段々荒々しい口調になってきている気がする。貴族と自称する割には、いささか自制心が足りないようだ。


 緊張感の無い会話をしていると、突如目の前の地面からまた化け物が飛び出してくる。ここから先は通さぬと、巨体で道を塞ぐ。


「邪魔ですわ!!」


 ノルトフォークは火を吹かし、敵の頭に迫るほどの高さまで跳躍。強引なロケットブースターの急加速で回し蹴りを繰り出す。空気の破裂する爆音と、肉の弾ける不快音が諸共に響く。


「うぇっ!! 吐く吐く吐く!!」

「我慢してくださいまし!! というか嫌ならさっさと降りてくださいまし!!」


 ルカは目を回しつつも、吹き飛ばされぬようにとノルトフォークの身体にしがみ付く。


 なんだか、ノルトフォークの身体が更に縮んだというか、全体的に縮小した気がする。気のせいだろうか。いや、気のせいではない。明らかに縮小している。それはもう、背中におぶったルカの方がやや大きく見える程度には。


「あぁんもうっ!! キリがありませんわね!!」


 ノルトフォークは追ってくる敵の群体へと向き直る。背中に足に、肩にと身体の節々からロケットブースターの炎を吐き散らしつつ、右手に巨大な機関砲を構える。


「四〇ミリの鉛玉をくれてやりますわ!!」


 初弾が込められ、ボン、ボン、ボン、ボンと遅めのスパンで射撃が始まり、突風の如き衝撃波に視界が歪んで見える。緑色に光る曳光弾が敵の大群へと吸い込まれ、消えていく。


 敵の先頭がくずおれて、雪崩を打って迫る敵群は骸に足を取られ、濛々もうもうと真っ黒な土煙を上げて正面中央群体の進撃が止まった。暫くすると土煙の中から新たな個体が飛び出てくるが、これらもノルトフォークの四〇ミリ機関砲に各個撃破されていった。


「まるで七面鳥撃ちですわね!!」

「......それ弾どっから補給してるんですか??」

「ノンプロブレム!! 細かいことは気にしない気にしない!!」


 戦いの高揚でルカを背負っていることすら忘れたか。再び背中からナパーム弾頭弾を生やそうとする。


「わっ?! ちょっ、僕のことを忘れな──」

「キィィィィィィル!! モオォォアァァァァァ!!」


 ルカの腹をどついて、ナパーム弾頭弾は大きく弧を描き群体の中に吸い込まれ炸裂。地面から火の花火を吹かし、ルカの頬を熱波がなぞる。


「って、え?! ちょっと!! 置いていかないで!!」

「貴方が悪いんですのよっー!!」


 声高々に笑うノルトフォーク。猛烈なロケットブースターの加速で、更に遠ざかっていく。ナパームの粘着質なガソリンが未だ足に絡まっていて、折角神経系まで焼き切れて痛みも無かったのに再生したせいでジリジリと痛む。


 鋭い痛みが蝕む足では立つのも一苦労。どうしたものかと考えた末、ルカは手首から鎖を一筋、小さくなっていくノルトフォークに投げ付ける。


「はっ?! こんなところまで届きますのっ?!」


 そんな言葉と、わきゃっというなんとも可愛らしい悲鳴を上げて後ろに倒れ込むのが見える。ルカは踏ん張ってくれるだろうと見越し、勢いよく鎖を巻き取っていく。ノルトフォークが何やら暴れているのが見えるが、知ったこっちゃない。


 刺々しい塵の積もる大地に軍服と皮膚とを削られ数十秒。どうにかロケットブースターで加速し続けるノルトフォークにしがみ付く。


「レディの足に気安く触らないでくださいまし!!」

「仕方ないでしょ!! 僕まだ歩けないんですよブラフマーさんのせいで!!」

「ナパームぐらい避けて見せなさい!! 貴方あのジャガーノートちゃんの眷属でありましょうに!!」

「無茶言わんでください!!」


 何度か足蹴を喰らい、痺れを切らしたのかノルトフォークは荒々しく息を吐いて、ルカを再び背負う。


 だが、背負われたルカは強烈な違和感を感じた。


「ん?? あれ?」

「どうしましたの!!」

「ブラフマーさんの背中ってこんなに小さかったっけ......」


 どうにかしがみ付く背中は異様に小さかった。よくよく見れば、背の高さはルカと変わらないかルカよりも低くなっていた。


「もっと小さくなりますわよ!! それまでに足は治しておきなさい!!」

「............え?」


 結局、敵の群体は味方の陣地に至っても追ってきており、少々の戦闘が発生した。


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 ──作戦開始から約八時間後──


 統合遊撃隊専用の兵舎の一室。主に食堂として使用されている大広間。そこには隠密偵察から帰還したルカと、幼げな少女──否、幼女が共に食事を取っていた。


「あら、食べないんですの?」

「いや、食べないっていうか、食べる気になれないというか......」

「ならわたくしが貰ってしまってもいいですわよね!!」


 とルカの返答を待つまでも無く、三口四口手を付けただけの戦闘糧食をルカから奪い取る。奪い取るとは言っても、取る手は軍人のガタイに慣れたルカにとっては小さすぎて、まるで赤ん坊の手のようにも思える。


 今のノルトフォークは幼女と呼ぶに相応しき風貌。それに見合うだけの甲高く、可愛らしくもある声。身長はルカより低く、一二〇か一三〇センチか。ともかく、ほぼほぼ幼女である。


 だが、ノルトフォークの横に積まれている戦闘糧食の空き袋の数は尋常なモノではない。米陸軍持参のMREが一〇......いや、最低でも一五。封が開けられ、中身は貪り尽くされ。空の骸が山を成している。


 訓練された軍人の腹をもこれ一つで満たす、さして美味しくもないカロリー爆弾。そんな戦闘糧食を飽きる様子も無く数十個も。この小さい身体のどこに蓄えているのやら。


「よくそんなに食べられますね......」

「エネルギーの蓄えは大いに越したことはありませんくてよ」


 エネルギーを蓄えると身体が大きくなる仕組みなんだろうかとルカは邪推する。もし想像した通りの仕組みだとしても、身構えは出来ているのだから驚きはしない。だが、それはそれで意味が分からない。


 どういう仕組みなんだ。


「でも、そんなに食べて飽きませんか?」

「飽きるも何も、わたくしは食べないと戦えないですもの。食べるしかなくってよ」

「食べないと戦えない?」

「そっ。ナパームとガトリングで森を焼き払ったでありましょ? あれはわたくしの溜め込んだエネルギー──カロリーでも何でも、そういうものを使って生み出しているのですのよ」


 これはまた──。


「これはまた相当な暴食家だな」


 セルゲイは食堂に入ってくるなり開口一番に言い放つ。


「仕方ありませんでしょう? それが私の交戦規定ルールなんですもの」

「ルール?」

「あらっ、今のは忘れてくださいまし。口が滑りましたわ」


 何かやましいことでもあるんだろうか。それとも、ルカ達には言えないような何かか。ノルトフォークが人ならざる者──異生物群グレート・ワンと同じような異常な性質を持つ存在であることを加味すると、隠し事の一つや三つ。あってもおかしくはなさそうだ。


 だが、人類に味方している彼女たちがルカ達人類に隠し事をするのはいささか不可解にも思える。それに、ルールというのも何とも引っ掛かるものだ。


「口を滑らせたなら最後まで喋ってくれてもいいだろう」

「なりませんわ。今は話すべき時ではありませんの」

「そんなこと言って手遅れになったら──」

「なりません」


 ノルトフォークは引き下がろうとしないセルゲイを睨み付ける。それはもう、決意と殺意の入り混じる邪眼の如き眼光で。


 さしものセルゲイも気圧され、一歩後退る。


「わたくしが墓に入る前には話すと誓いましょう。ですから、今は引きなさい」


 ノルトフォークは脂でてかる口元を拭き、早々に食堂から出ようとする。


「......ブラフマーが墓に入るとき、そのとき人類は今よりも追い詰められているはずだ。その時になって何かしらの秘密を明かされても、我々に何か出来ることなど残っていないと思うぞ」


 セルゲイもノルトフォークを睨み、淡々と告げる。


 暫く睨み合いが続いて、ノルトフォークが回答を示した。


「イレギュラーが居るではありませんの。すぐそこに」


 そう言って、ノルトフォークはルカを指差す。


「へ? ぼ、僕ですか??」

「自覚は無いでしょうけど、貴方はイレギュラー。前例がありませんわ。そもそも、ジャガーノートちゃんが眷属を従えていたことは一度もありませんのよ」

「そ、そうなんですね......」


 確かに、あの鉄面少女はルカに対する対応なども、手探りな印象を受けていたことも相まって眷属など従えていたことは無さそうだ。


「そもそも、貴方はなんで生きておりますの?」

「......?? ど、どういう質問ですか??」

「ジャガーノートちゃんが眷属を従えたことは無くとも、従えようとしたことはありましてよ。まぁ、皆ジャガーノートちゃんの力に呑まれて死んでしまったのですけれど」


 ルカは目を丸くして問う。


「しんっ?! えっ?! じゃあ僕はどうなるんですか?!」

「そんなの知りませんくてよ。生きてるのは生きてるんだからいいんじゃないんですの? というか、ジャガーノートちゃんにとっては初めての眷属。執着する気持ちも分かりますわ。だから貴方も少しは大事に......というより応えてあげなさい」


 物静かな風体でノルトフォークは告げる。ただ、次の瞬間にはにんまりと笑顔を浮かべて余計な一言を口にする。


「それに、その方がわたくしもからかい甲斐がありましてよ!!」


 台無しだ。


 ノルトフォークは笑みを浮かべたまま、軽やかな足取りで食堂を出ようとする。セルゲイは逃がすまいと肩を掴む。


「おい待て、誤魔化すな」

「ッチ、自我が強いですわね」


 ノルトフォークは一転して嫌そうな表情を浮かべる。そしてそのままわざとらしくため息をつき、口を開く。


「まぁとにもかくにも!! わたくし一人居なくなったくらいで人類が敗ける可能性はゼロにはなりませんわ!! そもそも、ジャガーノートちゃんはわたくし達の中でも頭一つ抜けて強いんですもの!! そんなもののコピーがそこに居るんだから大丈夫でありましょう?! というか、これで敗けたら恥ですわ恥!!」


 実にめんどくさそうに、苛立ちを一切隠さない口調で力強く言い切る。そのまま何か言おうとするセルゲイを振り切るように、地団駄を踏む。


「これ以上の質問は無しですわ!! わたくし達の銃火が人類に向けられたくなければ、わたくし達に対してあまり詮索はしないことですわ!! よろしいですわね!?」

「わ、分かった......」


 流石に彼女達を敵に回すのはマズイと、セルゲイは素直に引き下がった。今度こそ、ノルトフォークはドスドスと足音を鳴らして食堂から出て行った。


「......はぁ、全くあいつらは何でこうも脅したがるんだか」


 セルゲイはポツリと呟く。


「──聞こえてますわよー!!」


 ──地獄耳め。


 <<>>


 サーチライト作戦概略報告書。


 統合遊撃隊が発見した蟻塚状構造物を敵の基地、或いは巣に類するものと断定。同構造物は現状では旧市街地にのみ確認されており、敵基地は旧市街地を利用しているものと推測される。


 敵警戒網の詳細は不明なれども、統合遊撃隊の最初の攻撃に対し無反応であったことから敵警戒網には穴があると目される。MQ-9の信号途絶地点と照合し、敵警戒網は敵基地を中心とした放射状である可能性が高い。


 情報の確度を高めるため、サーチライト作戦は統合遊撃隊を除外。MQ-9の大量投入によるローラー作戦へと移行する。


 侵攻計画は完成した警戒網を基として作成されたし。


 ──セルゲイ・クズネツォフ大将。

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