第弐拾壱話 アメリカン・スタイル
「アルファ飛行小隊信号途絶。続いてブラボーも信号途絶」
レーダーサイトに睨みを利かせ、米空軍の女性士官は淡々と報告していく。
戦略地図に表示された輝点が、また一つ、また一つ消えていく。
サーチライト作戦開始から二時間。MQ-9は高度三〇〇メートル以下の超低空を飛び、敵支配地域へと到達。その高度な偵察能力を以てして、手当たり次第に獲得した情報をレニンスク米空軍基地へと送信していた。
「エコー、ゴルフ、ホテル信号途絶」
無人機だからこそ可能な強行浸透偵察。だが、プロペラの轟音をがなり立て地表スレスレを飛行するMQ-9は、機動力の高い
高度を上げれば
また暗黒の空で、眩い閃光と爆轟が異形の木々を揺らす。
「また自爆ですわね。何回目ですの?」
「さ、さぁ......六回目くらい?」
ルカとノルトフォークはザクザクと、黒ずんだ落ち葉の絨毯を踏みしめて森を進む。頭上を飛ぶMQ-9が、火を吹いて墜ちていくのを傍目にして。
閃光が見えれば次に来るのは衝撃波だ。空間を歪め、分厚い音の壁が木々を揺らし、木の葉を吹き飛ばす。
「う゛っ、ペっ、ぺっ!!」
ズタズタに切り裂かれ舞う木の葉が口の中に侵入してくる。チクチクする目を擦り、顔を上げる。
「それにしても、虫の一匹もおりませんわね」
黒い森に入ってからというもの、命の気配がピタリと消えた。それまでは僅かながらに生き物が生きていた気配というか、空気感が荒野にも広がっていた。だが、このどこまでも黒い森はまるで死んでいるかのようだ。
舞い落ちる木の葉は黒く、幹は僅かに赤い線を見せつけている。赤い線をよく見れば半透明の管のようであり、血によく似た液体が管の中を下から上へと送られている。
どこまでも続く不気味な森を更に奥へと進むと、初めて生き物らしきものを見つけた。
「なんですの? この珍妙な生き物は」
「うわっ、よく
ノルトフォークが摘まみあげたソレは、一〇センチほどのナメクジに似た生き物。ただ、最も近い見た目がナメクジというだけで、様相は似ても似つかない。
頭らしき巨大な甲殻。二又の大きな角が、身体の先細った方──恐らくは身体の後ろの方に向かって伸びている。頭には一角獣の如き太く短い角がそそり立ち、裏返せば無顎類──ヤツメウナギ染みた円形の口が確認できる。
蛇腹状の甲殻で身体の上面は覆われ、下面はドロっとした液状の身体で、滴り落ちそうなほどだ。身体の甲殻には一対ずつ、触角らしき細い棒が伸びている。棒の先端は丸く、綿毛に包まれたタンポポのようでもある。
摘ままれたことが不快なのか、全身を小刻みにうねらせ、ギチギチと音を立てる。
「ナメクジ......??」
「それにしては硬いですわよ」
ノルトフォークが指の節で甲殻を叩くと、コッコッと音が鳴る。それなりの硬さはあるようだ。
「裏面はかなりドロドロでありますわね」
ひっくり返して自身の顔へとドロドロの下面を近付け、ノルトフォークは目を凝らす。ジロジロと見つめて、視覚情報だけで何か分かるモノなのだろうか。
「......これを持ち帰りますわ」
「え? こ、この気持ち悪いのを?」
「見た所武器になりそうなものも持っておりませんし、もし何か持っててもこのサイズなら大したものも持っていないでありましょうし。適任ですわ」
ノルトフォークは腰に筒状の透明な籠を創ると、その中にナメクジもどきを仕舞い込む。ギチギチと音を鳴らしていたナメクジもどきは鳴りを潜め、触角をせわしなく動かしている。
暫くそうして、身体を前後に動かして這い出す。籠の側面と、蓋の裏と。縦横無尽に籠の中を這い回っている。
「やっぱり、意外と大人しいですわね」
まず一匹、生け捕りに成功した。まさか生け捕りが出来るとは思わなかったが、それ以前に戦場で見る種。
とはいえ、
「さて、どんどん前へと進みますわよ!!」
「ちょ、あんまり大声出さないでくださいよ......」
戦々恐々といった風のルカをよそに、未だノルトフォークは危機感のきの字も無い風体で進む。
名前が無いと不便だということで、ナメクジもどきはアルティミェッツと名付けられた。正直、ノルトフォークの古風な発音で命名されても発音しづらいのだが。まぁ、名前が無いよりかはマシだろう。
敵の気配は無く、進む先進む先、どこまでも暗黒に染まった森が続くのみ。どうやら、二人程度であれば流石に敵も気付かないらしい。
「おわっ?!」
「また変なのが出てきましたわね」
森の中からルカ達の目の前に、これまた生物なのかと疑いたくなるような造形の生き物が飛び出してきた。ノルトフォークは動じることなく、森の中へと消え去る直前で掴み取る。
「......植物ですの??」
掴んだ手の中で、その生き物は全身を激しくうねらせている。大きさで言えば、三〇センチはいかない程だろうか。
根っこか触手に似た八本の足らしき部位。葉脈が透けて見える薄い四本の背ビレ。頭部と思しき大口は、四又に裂けてはいるものの
どことなく食虫植物を思わせる見た目だ。それにしても、自由自在にうねる触手染みた足でどう大地を走っていたのか。全くもって不可解な生き物だ。
ノルトフォークはもう一つ、少し大きめの籠に放り込み素早く蓋を閉める。閉じ込められた生き物は激しく暴れ、何度も半透明の容器に頭を打ち付けている。
「それにしても、さっきのアルティミェッツといい珍妙な生き物ばかりですわね」
ノルトフォークは軽く辺りを見渡し、一歩踏み出す。すると、大地が僅かに揺れ、木々はざわめき、爆発に似た音が響いた。
「は? 失礼ですわね!! 私そんなに重くありませんわよ?!」
「流石に違うんじゃ......」
相も変わらず危機感というものが無いノルトフォークの前に、一匹の大柄な生物が降り立った。降り立ったとはいえ、勢いとしては着弾に近く、木々の葉が盛大に舞う。土埃が立ち上がり、煙幕となってその生物の姿を隠す。
「今度は何ですの?!」
苛立ちを隠そうともせず、ノルトフォークは片腕の下部から円筒状の棒を伸ばす。肩にはタンクのようなものが創られ、ノルトフォークが土煙に向けて構えると同時に、強烈な突風が射出された。
甲高い駆動音と共に落ち葉と土煙は吹き飛ばされ、着弾した生物の姿をあらわにする。
最初に見えたのは、下顎に比して一回り大きい剥き出しの頭蓋。
全長は三メートル程だろうか。二対の鉤爪染みた足と、腕の変わりにやや小さく見える翼を折り畳み、地面に鉤爪を下ろす。酷く前傾的な姿勢で、背中に一列に生える鋭いスパイクが垣間見える。
「
「お、おーぷん?」
ノルトフォークが叫ぶと共に、目の前の敵も大きく口を開き、空を切り裂く雄叫びを上げる。生暖かい風と、暴力的な風がルカ達を襲う。
ルカは頭を両手で庇い、眇めた目で隣を見やる。ノルトフォークは両手の袖から小銃の銃身を幾つか生やしており、肩には見慣れない大型の機関砲を携えていた。
気のせいだろうか、身長も少し縮んだような気がしてならない。
「敵ですわ!!
ガシャン、と砲弾を込める音がする。興奮しているのか、英語で叫んでばかりで何を言っているのか分からない。
「さっきから何言って──」
「ファァァ〇ク、イエェエェェェ!!」
ノルトフォークは敵の雄叫びに対抗するかの如く、奇声を上げる。眼光をギラギラと滾らせ、猟奇的な笑みを浮かべ鋭い犬歯を覗かせる。
電動モーターの駆動音が鳴りを立て、袖の銃身が回転し始める。目の前の敵も、ノルトフォークのあまりの気迫に押されたのか、一歩後退り様子を伺っているようだ。
「伏せてなさい!! 貴方の
「何する気なんですか?!」
「ちょっとした火遊びですわー!!」
駆動音は更に高まり、三つの銃身がデタラメに火を吹き散らす。射撃音が連なり、ガトリング特有の引き延ばしたような射撃音が森中に反響する。
人体への負荷を考慮していないのか、かつて戦争映画で聞いたことのあるガトリングの音よりも異常なまでにレートが高く、さながら電動ノコギリだ。
発砲炎と無尽蔵に溢れ出る硝煙で辺りは煙たく、煙幕弾でも撃っているのかと見紛うほどの硝煙が充満し喉を焼く。次々と排莢される薬莢は、地面に落ちて一、二回と跳ねて塵になって消えていく。
もはや耳鳴りすら通り過ぎて耳が痛くなる。しゃがみ込み、両手で耳を抑えていても、真横で放たれる銃声は脳まで貫いてくる。
「どこへ消えても無駄ですわー!!」
ノルトフォークは射撃を止めぬまま、両手を緩慢に左右へ広げていく。少しだけ遠くに感じていた射撃音がルカの頭上へと迫る。恐る恐る目を開ければ、周囲の木々が粉々に寸断、粉砕されている。
「も、もう十分じゃないんですか?!」
「まだまだまだまだ!! まだですわ!! まだまだ全然物足りませんっくてよ!!」
「ひィっ?! か、勘弁してください!!」
ルカは地面へと飛び込むように伏せて、全身を落ち葉のカーペットに貼り付ける。真上で狂気じみた射撃音と、幹の砕ける音が雪崩を打って轟く。
また何か生み出したのか、炎を吐く轟音と熱の籠った突風が全身を駆けあがる。驚いて振り向けば、ノルトフォークの背中から大量の小型ミサイルらしきモノが射出されているところだった。
「は?! 何ですかそれ?! あんまり派手にするとバ──」
「バレて上等!! 隠密行動なんてつまらない任務やってられませんでしてよ!!」
敢え無くミサイルは発射され、無数のミサイルは上空で散開。周囲に散らばり、尾を引いて、森の奥へと消えていく。
「
ノルトフォークの掛け声と共に、彼方の空が朱く染まる。爆炎が上がり、黒煙となり、数秒後に重苦しい炸裂音と衝撃波が届く。焼けるような熱波が、酷いガソリンの匂いを伴って吹き付ける。
「イェエェェェェ!! ナパームの匂いは格別ですわー!!」
狂った笑い声を上げ、叫び散らかすノルトフォーク。その足元で、ルカは僅かに涙を零しながら震えることしか出来なかった。
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気が付けば、辺り一面焼け野原であった。木々は軒並み薙ぎ倒され、荒々しく切り取られた断面からは赤い液体が垂れて池を作っている。黒い森は晴れ、どこまでも見通しが良い。
未だナパームの炎がジリジリと燃えており、息苦しい火災煙が辺りを包み込んでいる。未だガソリンの匂いが色濃く残っていて、なんだか癖になってしまいそうだ。
目の前に居たはずの敵は消えており、ノルトフォークの狂気的な攻撃に巻き込まれたか、逃げたのか。どちらにせよ、撃退には成功したらしい。
「そっっっれにしても拍子抜けですわね全く。ここまでやって、敵は動かないんですの?」
「僕としては動いてくれなくて良かったです......」
呟いて、ルカはよろよろと立ち上がる。
「ま、いいですわ。この調子で全部燃やしながら進めば、敵も動くでありましょ」
ノルトフォークは背中にタンクを抱え、長い筒を持ち構える。引き金を引くと、朱色の炎が勢い良く吐き出される。苛烈な炎は燃え尽きた大地に火を灯し、更に追い打ちを掛けんと燃え立つ。
「......この森全部焼き払うつもりじゃないですよね??」
「流石に全部は焼きませんわよ。敵が出てくるまで焼くだけですわよ」
「えぇ......」
あまりの狂暴な思考にルカは言葉が出なくなる。まさかここまでの狂犬だったとは......。
恐らく双頭の猟犬という異名もこの二面性ゆえだろう。いつもは心底楽しそうな、底抜けの楽観主義者。だが、ひとたび戦場に出ればアメリカを体現するが如き物量攻撃。
「さ。先へ進みますわよ」
「............了解」
ノルトフォークと同じ高さで目線を合わせ、焼けた荒野を歩き出す。明らかにノルトフォークの身長が縮んでいる気がするが、気のせいだろうと思って後に続く。
サブ目標である
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