わしの名前は弥助。 

若い頃は、両親と兄夫婦、甥と姪らと一緒に暮らしていた。

父と兄は、毎日畑仕事に行っていたが、わしは全く働きもせず、家で絵ばかりを描いていた。


「弥助もそろそろ家を出てってもらって、嫁さんでも見つけてもらわにゃならん。」

 家族らはわしを心配していた。

しかし、わしは絵師になることをあきらめることはできなかった。

「おれは絶対家を出ていかん。絵師になるんじゃ。そしてたくさん金をもらってやるから見てろ。」

自信満々にいつもの口ぐせをいうたびに 家族の目は失望に満ちていった。

わしの絵は本当に下手だった。

それでも絵師になるために毎日毎日、家にこもって絵を描き続けた。


 ある日、父がわしを呼び出して筆を渡した。

「弥助よ。これはおじいさんのそのまたおじいさんの大切な大切な形見だ。これを使うのはお前が初めてになる。これは手に持てば、何でもそっくりそのままに描くことのできる筆だ。これで絵を描いて金を得るとよい。」

 わしは、目の前に置かれた筆をおそるおそるにぎった。

 そして、和紙に筆の先を置くと、すらすらと動き出し、あっという間に父の顔をそっくりそのままに描いていた。

「こっ・・これは素晴らしい。父つぁん。これは一体何だい?」

「神の筆だよ。」

「ええー。神の筆だって。本当かい。そりゃ。」

「そうだ。代々聞かされてきた話だ。大昔、東西南北の神様たちが集まって宴会を開いたのだ。その時にいつも自分たちをいのってくれている下界の人間に何かお礼がしたいという話になった。それでそれぞれの神が自分の道具を下界を落とし、拾った人間にそれを使わせようということになったそうだ。」

「はあー。そいつはたまげた。父つぁん、俺は家を出て、都へ行く。ありがとう。必ず成功するよ。」


こうしてわしは、神からの贈り物を大事に大事に持って、家から旅立った。

そしてすぐさま名の知れた絵師になっていた。


都に出て一年たった頃、わしのうわさを聞き付けた殿さまからお城に呼ばれることになった。

この殿さまは恐ろしい方にという話はよく聞いていた。

 家来たちは少しの失敗でも死刑にされてしまうらしい。

 農民たちも納める米が少なければ、女房と子どもごと死罪にされていた。

 それでも有名な絵師として舞い上がっていた当時のわしは大喜びで城へとむかった。

 殿さまは城に着いたわしにこう命じた。

「そなたが有名な絵師の弥助か。私の美しい美しい娘の絵を描いておくれ。私の娘は国一番の美人だ。ははは。」

「かしこまりました。」

わしははりきっていたが、やってきた娘を見て驚いた。


この娘は何人もの他の絵師たちが描いていて、絵で見たことがある。

しかし、それらの絵とは実際の娘は違っていたのだ。

絵師たちの絵は大人びたきりっとした顔立ちに絵が描かれていたが、娘はふっくらした童顔でそばかすがあった。

かわいらしい娘だが、ちがった美しさを求めていたようだ。

これまでの絵師たちは、この親子が望む絵を描いていたのだろう。

「何をしておる。早く描いておくれ。」

「は・・はい。」

わしはふるえる手で神の筆を握った。

そして筆はすらすらと動き出し、事実を描いていった。

絵が描きおえる頃には、殿さまは顔を真っ赤にして怒り狂っていた。

「私の大切な美しい娘を侮辱しおって。この者をとらえよ。火刑じゃ。」

わしは一目散に逃げだした。


何度も家来たちにつかまりそうになりながらも、必死に走って走って走りぬいた。

三日三晩、何も食わず飲まず一睡もせずに走り続けた。

そして、とある村にたどりついた。


都と違う一面に広がる緑。

わしの生まれ育った村と似ていてなつかしい気持ちと家族が恋しい気持ちがこみあげてきた。

思わず涙があとからあとからたくさん流れていった。

空腹と体の疲れ、そしてこれからどうしたら良いのか。

つかまれば火あぶりにされてしまう。


その時、ふと山が見えてきた。

なぜがその山にひかれ、すいよせられるかのようにその山へと向かった。

山奥で一生独りで暮らしていくと心にきめて。


山に入ろうとしてその時、ある通りがかりの僧侶がわしに声をかけてきた。

「その山に入ってはならん。その山に入れば呪われてしまう。」

「もう呪われてもかまいません。どのみち私は火あぶりにされてしまうんです。」

わしは会ったばかりの僧侶に自分の身に起きたことをすべて話した。

「そうか。そなたは神の道具の持ち主であったか。それならこの山も受け入れてくれるかもしれん。」

 僧侶は目を閉じ、お経を唱えた後に何かぶつぶつと話しはじめた。

 そして目を開けるとわしの方を向いた。


「この山はな、殿に火刑にあった無実の者たちの灰をまいた山だ。我々は火刑になった者たちの灰をこっそりひろって魂を鎮めようとしている。しかし、灰になろうとも、火刑にあった者たちは生き続けている。」

「えっ、それは一体どういうことですか?」

「あの殿も神からの道具を持っていたからだ。どうやって手にしたかは分からないし、あまり知られていない。」

僧侶は一度うつむき、顔をしかめて話すのをためらったが思い切って顔を上げた。

「不死の火を持っている。その火に触れた者は不死になるという神の道具だ。あの殿は、それを残酷な遊びに使った。少しでも気にくわないことがあれば、不死の火で人々を火刑にしている。人々は肉体を焼かれて灰になってもその心は生き続けているのだ。永遠にこの世をさまよう魂となって。」

その残酷すぎる話にわしは背筋が寒くなり、手足がふるえだした。


「神の道具は共鳴し合うと言われる。神の筆を持ってこの山に入れば、神の不死に火で焼かれた魂たちとつながりを持つことになる。そうなればそなたも不死となる。ただ魂にひっぱられてしまい、この山から二度と出ることはできなくなる。」

難しくてよく分からなかったが、不死になるかわりに二度と山から出られなくなるということだけはよく分かった。

「かまいません。もう覚悟はできています。私はもう自分の欲におぼれるのも、人の欲に振り回されるのもいやなんです。これからは山で独りで紙をすいて、好きな絵を描いて生きていきます。」

「まあ、そいういそがずに 念のために山から出るただ一つの方法も教えといておこう、今晩はうちに寺にとまっていきなさい。一日だけならかくまえるだろう。」

「ええ。ありがとうございます。明朝にはこの山に登ります。」















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