神の筆 魂の山 上り

星谷七海

「これは一体どうなっているんだ」

大きな風呂敷包みを背中に抱えた八郎は、額に汗をだらだら流し、わらじをはいた足をじんじん痛めながらつぶやいた。

 八郎は、山道に迷いこんでしまっていた。

「やれやれ、石の上で寝るしかないか・・・。大したことない低い山なのに」

 丸い大きな石に腰をどかっと下ろした。

 そして風呂敷包みを開いた。

「いくらか盗んできた食べ物があるわい。何とかなるだろう。しかし仲間達と早く合流しないと。」


 八郎ら盗賊団は、夜中に村を襲い、人々を切りつけ、物を盗んでいった。

 そして、追ってが来る前に合流地点の書かれた地図を持ち、皆は四方八方に逃げだした。

 八郎は、村のふもとにある山を見つけた。そして地図を見ながら、この山を通りぬけたほうが近道だと思ったのだ。

 ところが、不思議なことにいくら下っても下っても同じ所をぐるぐる回り続けているだけで、いっこうに山から出ることができないのだ。

 そして時折、人の泣き声のような気持ちの悪い風の音が不気味に響くのだった。


 八郎は、風呂敷包みを開け、盗んだ着物やかんざしの上に乗せたまんじゅうを口に入れた。

 着物を見ていると自分達が襲った家の若い女子供達の断末魔を思い出してきた。

 けれど罪悪感などは微塵も感じず、食だけが進んでいった。


 八郎は、貧しい百姓の家の末っ子として生まれた。

 兄が七人、姉が二人いた。

 八郎が十一歳の時に一家に変化が起こった。


 朝から晩まで、畑仕事をしてきた父さんがついに体をこわしてして亡くなってしまった。

 父さんの後を追うように母さんも亡くなった。

 八郎の兄達は遠くの土地で働くことになり、姉達もそれぞれ嫁いでいった。

 兄姉達は、自分のことでせいいっぱいで、幼い八郎は気にもかけられず、独りぼっちになってしまった。

 隣の家のおじさんがやってきて、八郎を引き取ってくれる家があると連れていってくれた。

 しかし、連れていかれた先は盗賊団の住処だった。

 おじさんは八郎を売ってお金をもらって帰っていった。

 こうして八郎は、盗みや殺しも教わりながら育っていった。


 「うす暗くなってきたなあ。さあ、寝るとするか。」

八郎が石の上に横になった時、風がびゅっと吹いて、顔に何かか当たった。

「なんだ。こりゃ。」

顔に当たったものをつかむと、それは和紙だった。

和紙には石の絵がそっくりそのまま描かれたいた。

「こりゃあ、えらく本物にそっくりの絵じゃあー」

八郎は感心した。

「しかし、なんでこんな所に墨絵があるんだ。こんな山に人でもおるんか。」

辺りを見渡すが人の気配はない。

 すると、また風が吹いてきて、いくつかの和紙が飛んできた。

 その紙には木々や草等が本物そのままに描かれていた。

 気になった八郎は、風呂敷包みを担ぐと、絵が飛んできた方向へ歩き始めた。

 その道には、絵があちらこちらに落ちていて、まるで道案内でもしているかとようだった。

 落ちている絵をたどっていくと山小屋が見えてきた。

「あれまあ、こんなところに家があるぞ。」

八郎は嬉しくなって、思わず山小屋へ近づいた。

「夜分にすみませーん。この山で迷ってしまった者です。開けてくれませんかー?」

すると、山小屋の戸はすぐ開いて、老人が現れた。

小柄で腰がかなりまがった男で、白い髪とひげが長く、まるで仙人のようだった。

目があまりよく見えていないようだったが、八郎のことは気配で分かるようだった。

「おお。人が来るとは。この山で迷われてしまったか。寒かったでしょう。さあさあ、入って。今晩はとまっていきなさい。」

老人は快く八郎を中に入れてくれた。


八郎は、いろりの前に座り、火に手をかざして温まった。

「大変じゃっただろう。この山で迷われるとは。」

「ええ。この山、何だか妙ではないですか。風の音は人の悲鳴のように聞こえるし、いくら道を下っても下ってもふもとに出ることができないんです。」

「ああ。この山は呪われた怨念のこもった山だからのう。」

老人は静かに笑うと、床に敷かれた和紙に筆をすべらせた、

 筆をすばやく動かし終えると、八郎に和紙を見せた。

「こっ・・・これは。」

八郎は、思わずぎょっとした。

 和紙には八郎そっくりの絵が描かれていた。

「こんなそっくりそのものの絵は見たことがない。それもあんなに素早く描いているというのに。あの道に落ちていた数々の絵も貴方が描いたのですか?」

「ああ。そうじゃ。だかわしが描いたんじゃない。わしの手にしている筆が動きだして描いたんじゃ。この筆はな、神の筆じゃ。」

「えっ、神の筆?」

「さあさあ、せっかくのご縁じゃ。わしの話でも聞いてはくれんか?神の筆の話、そしてこの山の話をのう。」

老人はこうして話をはじめた。






 







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