第3話 目覚めた先には魔法がありました
やはりリアルすぎる夢なのでは。もう何度この考えに至ったか。
起き上がり、頬をつねる。痛い。頬をビンタする。痛い。この行動も、何度繰り返したかわからない。
度重なる達志の奇行に眉を潜める獣人ナースだが、その様子にも気付かず達志は、獣人ナースに言う。至って真剣に。目をまっすぐに見て。
「すみません、俺の頬を、ぶってください」
「……はい?」
真面目な表情。それに身構えていた獣人ナースは、突然の依頼に思わず間の抜けた声を出す。
起きたばかりの患者に、俺をぶって、などと言われればそれも当然だろう。
達志の瞳に迷いはない、真剣そのものだ。
「……どうしましょう。目覚めちゃったのかしら……二つの意味で」
俺をぶって、など、イケない趣味に目覚めてしまったのか。
眠りから目覚めたことと、Mに目覚めたのではと二重の意味を掛け、案ずる獣人ナース。失礼なことを考えられている気がすると、眉を潜める達志。
だが、そんなことよりも達志は、すがる。もっと強烈な痛みならば、この夢も覚めるのではないかという希望……いや願望に捕われている。
だが残念ながら、自分で自分を痛める行為にはどうしても制御がかかってしまう。ましてや今は寝起き。
いやに力が入らないのは、それだけではない気もするが。
看護する立場として、いくら患者の頼みとはいえぶつのは気が引ける。とはいえ必死の懇願、説得にやり込められてしまった獣人ナースは諦め、達志にビンタする。
が、それは軽い、触れるだけのもの。
当然そんなものでは納得できない達志。
「こんな、んじゃ、足りません。 もっとっ、本気でっ」
思ったよりも、大きな声が出ない。
やはり目覚めたのではないかと思える達志の言葉に、若干引き気味の獣人ナースであった。
が、真剣を宿す瞳に、こちらも本気で応えるのが誠意だろうと理解する。患者の願いを、聞き入れるために。
「……わかりました」
「じゃ、思いっ、きりたの、ぶべら!」
よし来い、と気合いを入れる。
……その覚悟を決める直前、頬が物凄い衝撃に襲われ、頭が壁に減り込んだ。
「あぁ! 申し訳ありません!」
自分の行いに、看護師は青ざめる。なにせ、患者が壁にめり込んだのだ。いくら頼まれたとはいえ、これはやり過ぎだろう。
すぐに達志の頭を引き抜くが、その頭からは当然ながら血が流れていた。達志の意識は既に朦朧だ。
「まあ、なんてこと! 今治療します!」
青ざめていた顔は、しかし次の瞬間には、看護師としての表情に戻る。患者を前に、私が慌ててどうする、と。慌てている隙などない。
慌てる要因を作ったのは自分であることは、今は置いておく。
目の前に傷ついた患者がいるなら、看護師としての己の責務を果たせ。
……傷つけたのも自分であることは、今は置いておく。
「失礼します」
ベッドに達志を寝かせ、血が流れている頭に手をかざす。目を閉じ、意識を集中。
するとその手には、淡く輝く桃色の光が纏い……達志の頭を包み込んでいく。
温かな、そして優しい感覚。痛みが治まっていき、次第に痛みは過去のものになる。
朦朧としていた意識が覚醒した頃には……先ほどまであった頭と頬の痛みがなくなっていることに、達志は気付いた。
触ると少しズキッと頭が痛むのだが、それでも壁に頭を突っ込んだとは思えない状態だ。壁に頭を突っ込む前と、ほとんど変わらない状態。
「あ、あれ?」
「こっちも」
困惑する達志を尻目に、獣人ナースは次に、達志の頭がめり込んだ壁に手をかざす。すると先程と同じような光……今度はオレンジ色だが。
それが壁を包み込んでいくと……驚くべきことに、みるみる壁が、傷つく前の状態に戻っていくではないか。
「……え、と……それ、は……」
目の前の光景が信じられない。達志の頭が突っ込んだおかげで崩壊してしまった壁は、すっかり元通りになっている。
目の前でなにが起きたのか、信じられない。
達志はまるでロボットのような動きで首を動かし……獣人ナースに聞いた。
「あ、イサカイさんは初めて見たんでしたね。えっと、これは魔法、と呼ばれる力です。
今イサカイさんにかけたのは回復魔法。そして壁にかけたのは復元魔法です」
返ってきたのは、魔法、というファンタジーな言葉だった。それはまさに、マンガやラノベにある、異世界に存在している力そのものではないか。
今見たのが夢や幻覚でない限り、魔法と言った力が本物なのは間違いない。
実際に傷が治ったのだ、壁が直ったのだ。疑いようもない、達志自身が証人なのだから。
壁に衝突したおかげで、頭は完全に覚醒した。怪我の功名だ、文字通り。その頭で、今の魔法について考える。
あんなひどい傷が治り、壁も直っている。そして彼女はこれを、回復魔法、復元魔法と言った。
その言葉の意味合いからして、回復魔法は人体の傷を治す魔法、復元魔法は物体の損傷を直す魔法、で差し支えないだろう。
どちらも文字通りの意味だ。
「あぁ、だからわりと、遠慮なく、ぶったんですね……治せるから」
「も、申し訳ありません」
「あ、いや、頼んだのは、こっち、ですし……」
魔法だなんて、やはりこれは夢か。
だが皮肉にも、壁への激突でも景色が変わらない。ということは、これは夢ではなく、現実の景色ということ。
あれだけの痛みがあって夢から覚めないことは、ないだろう。
疑いようのない魔法という超常の力。そして目の前には獣人。加えて、これは夢ではない。これだけ証拠が揃えば、必然と答えが浮かんでくる。
まさかこれは本当に、異世界召喚? それとも死後の世界?
期待感溢れる想像、物騒な想像……あらゆる可能性が浮かぶ中、ただ一つ、確かなことがある。
魔法なんて、獣人なんて…そんなファンタジー要素溢れるものは、現代社会には存在しない。
つまりここは……
「ここ、日本じゃないだろ」
日本……いや地球ではないどこかだ。俺の知っている現実と、そもそもの世界観が違う……と、達志は静かに思いを馳せた。
そしてただ、乾いた笑みをこぼすのだった。
目の前で犬顔の獣人が自分を覗き込み、負った怪我を、破損した壁を、魔法と称する力で回復及び復元。
身をもって魔法を体験し、その上でこれが夢ではないことを実感。
夢でない……つまり現実。しかし自分の知る限り、現実でこんなことはありえない。少なくとも日本……地球では。
ここは日本ではない……とは、確かな確証と目の前の不思議に導き出した結論。これがそうだ。
おおよそ人間とは言い難い生き物がいて、喋り、さらには魔法。
魔法という超常現象を受け入れたことにより、異世界召喚という可能性も考えるべきだ。
それとも、寝てる間に宇宙人にでも連れ去られたのだろうか?
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