第4話 目覚めた先にドラゴンの医者
……残念ながら、いくら考えてもわかるはずもない。それにその答えは、目の前の獣人ナースに聞けば済む話なのだ。
なにもわからないことを、必死に考える必要はどこにもない。
「あの……」
まずは、何から聞くべきだろうか。考えながら喋ることにした達志の口が開いたのと同時、コンコンとドアがノックされる。
ノックを受けた獣人ナースは、「はい」と応対。
すると、ガチャ……とドアが開き、誰かが入ってくる。
「あ、先生!」
入ってきた人物を前に、獣人ナースが深々お辞儀。その反応から獣人ナースより立場が上なのはもちろん、先ほどの電話の向こう側の人物がおそらく彼なのだろう、と察する。
つまり、先生だ。
「イサカイ・タツシ君、目が覚めたんだね。良かった。……こうして起きて話すのは初めてだし、はじめまして、かな。
私は、キミが眠っている間キミのことを担当させてもらった、ウルカという者だ。改めて、よろしく」
人の良さそうな、それでいて聞く者を安心させるような優しい声だ。年配なのか、しわがれた声が特徴的。
まだ整理しきれてないこの状況で、新たな登場人物。正直まだ頭がついていかない。
だが、どうやら十年間眠っていたらしい達志の世話をしてくれた先生のようだ。
十年というのは正直信じ切れていないのだが、どっちにしろこうして眠っていた自分のお世話をしてくれたことに変わりはない。
ひとまず、お礼を言わなければならないだろう。
そう、思っていたのだが……部屋に入ってきた先生の顔を見た達志は、お礼を言うのも忘れ、その顔に釘付けになっていた。
「どっ……どっ……」
なんと言えばいいのか、うまく言葉が出てこない。
初対面の相手に失礼極まりない態度だが、実際に同じ状況になれば、達志を責められる者は誰もいまい。
何故なら、見つめた視線の先……そこにあったのは、いわゆるドラゴンの顔だったのだから。
マンガやゲームで見てその知識は十二分にあったはずなのだが、実際に目にしてみると迫力が全く違う。フィクションはやはりフィクション、デフォルメされていた。
淡い赤色の顔をしたドラゴン……いやウルカと名乗った医師は、平均男性よりも背が高く、当然と言わんばかりに二足歩行。
そして白衣を羽織っている。なんというアンバランス。
顔はよく見ると、赤く輝く鱗が張り付いている。ドラゴンならそれが当然であろうか。
鋭く覗く黄色い眼は、見る者全てを射抜かんばかり。
こう思っては失礼だが、とても医師とは思えない。治すより、むしろ食べる立場だ。固まる達志に、しかしウルカは柔らかく笑う。
「はは 、驚いたかな。まあそれも仕方ないだろうね。ニホン……いやセカイは、この十年で大きく変わったからね」
安心させるように笑みをこぼすウルカは、達志の反応に怒るでもなく、むしろ当然であると言い放つ。
それはこの十年で変わった世界を目にすれば、こういう反応をするとわかっていたかのよう。
「世界が……変わった?」
達志としても、決して聞き逃せない言葉が耳を通り過ぎず残る。
世界が変わった……それはこの光景を見れば当然であるが、それは同時に、この世界は達志の知る世界だということを意味する。
つまり、異世界召喚でも宇宙人にさらわれたわけでもない。なにより、日本、とも彼は言った。
「あの、一体これは……なにがなんだか……」
一切事情を飲み込めない。故に解答を迫る達志は、思わず声を上げていた。
ここはいったいどこで、日本だとしたら何がどうなってこうなっているのか。その答えを、そろそろ知りたいのだ。
「そうだね、一から説明しよう。
……我々は元々、チキュウとは違うセカイからやって来た。キミたちの言う、イセカイジンってやつだ」
「…………」
一から丁寧に説明してくれるウルカ。それを黙って聞くことにしていたのだが、一の時点から既に頭はショート寸前だ。
なにせ、いきなり自分達が異世界人なんだと衝撃の告白を受けたのだから。今さっきそういった想像をしてはいたが、実際に言われると、混乱する。
一応日々シミュレーションしていたとはいえ、そんな出来事が本当に起こるとは思わない。
まずは、異世界が本当に存在することを認めないといけないらしい。
「私たちが暮らしていた世界は、魔法と呼ばれる力を活用して暮らしている。この世界に来て、驚いたよ。
いろいろな書物に、私たちの世界と同じようなことが書かれていたのだからね」
異世界では、当たり前のように魔法が使える……それは、空想の話ではなく事実であったらしい。
ウルカの言う書物とは、おそらくはマンガやラノベが多いのだろう。
人が妄想して書いたものが、的を得て当たっていたということだ。
こんなとんでも話を聞かされて達志はというと、混乱に頭を悩ませる……かと思いきや、平常に構えている。
もはや開き直り、一通り全てを事実として受け入れることにしたらしい。
でないと話が進まないし……獣人、魔法、という非現実を目にしてしまったからには、信じないわけにはいかないのだ。
「で、だ。実は以前……といっても十年以上前か。その頃から、私たちの世界とキミたちの世界とで、度々交流があったみたいなんだ」
「まさかの異世界交流!?」
「うん。そのリアクション、だいぶ体調も良くなっているようだね」
驚きの事実に、興奮を隠せない達志と、患者の元気なツッコミに体調の回復を実感する医師。
逸る気持ちとマイペースという両者の思いは、残念ながら交錯していないようだ。
ウルカのマイペースさにも驚いたが、それは異世界交流を耳にした達志には些細なことだ。
自分が寝ている間に……いや、その前からそんなことが起こっていたのか。
そんな事実があることなど、全く知らなかった。
「あぁ。私たちが住んでいた国の王族が、チキュウに度々出掛けていたっていう話も聞いたね」
「お気軽ショッピングかっ」
異世界交流……それは思ったよりも、お互いの世界に干渉していたらしい。
異なる世界に度々出向くなど、並大抵のことではない……と思う。
それほど、互いの文化が進んでいたということだろうか?
いや、進んでいたとしてもそんなことが可能なのか?
……可能だからこそ、今このような状態になっているのだろうが。
「というのも、どうやらね、移住……の話が出ていたらしいんだよね。
私たちの世界から、キミたちの世界……チキュウ移住の話が」
「い、じゅう?」
「そう、移住。つまるところ、お引越しだね。私たちの世界からキミたちの世界への、異世界お引越し。
それは、これまでになかった異世界同士の親交をより深めると共に、私達が生き残るための、たった一つの手段でもあったんだ」
達志はただ無言で、聞いていた。無意識に、姿勢が正しくなっているほどに真剣に聞いていた。
一時の静寂。意識的にか無意識にか、充分なタメを作り……ウルカはゆっくりと、口を開く。
それは……これから十年前に起こった出来事が、語られることを意味していた。
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