第9話 わじら様に関するインタビューの文字起こし

::ピコン、と録音開始の音 ::


「あ、それってICレコーダー?初めて見た。スマホでやればいいのに」

「スマホだと編集するの手間なんですよ、それにこういうの置いてあるほうがが出て口の滑りもよくなるってもんです」

「なるほど、らしさが出ますか」

「はい。それじゃぁ、これから録音していきますね」


::カチリ、とレコーダーのスイッチ音 ::


「はーい、“よろしくお願いしますー”」


::レコーダーに接近して発言したため該当箇所のみ音声が大きい::


「では早速ですが、◯◯さん(以下Sさん)の地元に伝わる伝承についてお聞きします」


::Sさんの笑い声::


「ごめんなさい、言い方がカッコよすぎて。はい、はい、真面目にやりますので」

「よろしくお願いします。伝承はどのようなものでしょうか?あるいは何についての言い伝えですか?」


「えー、はい、伝承というほどのものでもないんですけど、私の地元にはというのがいらっしゃって、年に何回かご挨拶しないといけないんです」

「何回か、というのは具体的に回数が決められているのでしょうか」

「三回、最低でも年に三回はお参りしなさいと言いつけられています。なので盆と正月ですね、帰省したタイミングとまた地元を出るときで都合四回、ご挨拶してます」

「なるほど。その三回を守れなかったことはありますか?また、その時はありましたか?」


::ギシリ、と椅子がきしむ音::


「ええ、その、高校生のときに一回だけ。一度も挨拶にいかなかったときがあります

。なんとなくほら、あるじゃない、ですか、風習とか伝統とかが嫌になる時期が」

「ありますね」

「親に言われても行ったふりして、そのままぐるっと回って帰ってきたりしてました」


::ぎっぎっぎっ、ときしむ音がする::


「それで、その年あるいは翌年などなにかありましたか?」

「いえ、特にこれといって目立ったことはありませんでした」


::ほんとうに?::


「大きな怪我をしたとか病気になりがちだったとか、もっと単純に運が悪いことが多かったとかいうことはありませんでしたか?」

「そう…言われるとそうですね、ああ、それ高二だったんだけど翌年の大学受験で第一志望には落ちたことかな」

「ちょっと、先輩、ちょいちょい素でちゃってます、まじめにやって」

「って言われてもさぁ、ほんとに何も無かったんだって。ほんと、それくらい」


::ガタガタガタガタ(何の音か不明)::


「そうですかぁ…残念です」

「それはそれでどうよ、不幸がないのはいいことでしょ」

「そうなんですけど。んん、じゃぁちょっとまた日を改めますね」


::ゴッゴッゴッゴッゴッゴッ(引き続き、何の音か不明)::


「そうしよ、じゃお昼食べに行こうか」

「はい」


::カチリ、と再度レコーダーのスイッチ音 ::

::ぱたぱたぱた、がちゃり、バタンと、私とSさんが室内を出た音::


──────────────────────


 以上が、何かの拍子で録音が開始されてしまった私のスマートフォンの音声である。

いくつか物音が収録されているが、最初の椅子がきしむ音と、最後の室内を出るドアの音以外、私とSさんには聞こえていなかった。

 特に最後のゴッゴッとした音は、会話の音声を阻害するほど大きな音だったため聞き逃していたとは考えづらい。

 この録音はSさんには聞かせていないが、今年も必ず帰省してしたほうが良いと伝えている。

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