第8話 当たりつき自販機
ブゥ──……ンン……
薄暗い休憩室にある自販機のコンプレッサが静かに唸りをあげている。季節は冬で、放っておいても勝手に冷えるだろう清涼飲料水をせっせと冷やしている。
そんな空虚なご厚意を他所に、ヒーターで温められた冬の定番メニューからどれを選ぼうか迷っている人がいる。この会社に勤めるTさんだ。
休憩時間外ではあるが外出から戻ってきたばかりの冷えた体を温めるためには何が良いかと吟味中だ。
缶コーヒー、ブラック、無糖、緑茶に紅茶、ほうじ茶、果てはコーンポタージュやおしるこ缶と、細やかながら社員に評判の良い福利厚生による充実度合である。
Tさんは熟考の末コーンポタージュのボタンを押し。電子マネーでそれの支払いを済ませると、がこんと音を立てて黄色い図柄のコンポタが滑り落ちてくる。
缶を取り出し冷えた手を温める。温めるというには少し熱すぎるのだが、それもまた自販機の「あたたかい」ならではだと、Tさんは缶を掌で転がしながら思う。
程よく温まったところで自席のあるフロアに戻ろうとエレベーターのほうに向かう。上に向かうボタンを押して待っていると──
ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ
聞きなれない音がTさんの耳に届いた。
胸ポケットにあるスマホを取り出す。
違う。
スマートウォッチを見る。
違う。
アタリガデマシタ
なんだ自販機かとTさんは今自分がでてきた休憩室のほうへと振り返る。普段くじ運のない自分にしては珍しいこともあるものだと、いそいそと自販機の前まで戻ってみると取り出し口にはブラックの缶コーヒーが出てきていた。
ああこれはどちらを先に飲もうか、冷めても大丈夫なコーヒーはやはり後だろうかなどと考えながらフロアを上がるためエレベーター前まで戻るとまた───
ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ アタリガデマシタ
運がいいとか悪いとかよりも自販機の故障ではないかとTさんは疑った。そもそも今回は何もボタンを押してさえいないのだ。故障ならば総務に一声かけておいたほうがよいだろうか。Tさんが再度休憩室に戻り自販機の取り出し口を確認すると、また缶コーヒーが出てきていた。
まぁもらえるものは貰っておくかと取り出し口のカバーを開け手を入れた瞬間、また自販機のルーレット音が鳴りだした。
がこんっ アタリガデマシタ
またブラック缶が出てきた。故障を確信したTさんはいったん中身が入ったままの缶たちを休憩室の机に置き、自販機メーカーに修理を依頼したほうが良い旨を総務課に伝えに行ったが
「あたりつきの自販機なんてありましたっけ?」
一緒に休憩室まで戻ってみたものの、先ほどの自販機から特段ルーレットの音など鳴らず、また、机に置いたはずの缶コーヒーもなくなっていて、冷めたコーンポタージュだけがそこに残されていた。
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