第7話 友だちの家
「なあ、今日もおまえんち集合でいい?」
小学生のころ、毎日のように遊んでいるAくんという友だちがいた。
Aくんの家は学校を挟んで反対側にあったため、放課後いったん自宅に戻ってかばんを玄関に放り投げて即飛び出すような日々だった。
ある日、級友たちの集まりが悪く、Aくんと二人きりで遊ぶことになった。
いつもは4,5人で遊んでいるためゲームの順番待ちで待ちぼうけすることがあったため、これ幸いとゲームのコントローラーをふたりで独占して遊んでいた。
「ただいまー、Aくーん」
Aくんのお母さんの声がした。時計を見るともう17時を過ぎていて、窓の外は夕焼けで赤くなっていた。
「はーーい」
Aくんはゲームをプレイしながら気のない返事を返した。いまは対戦ゲームの山場でふたりとも手が離せない。
「ただいまー、Aくーん」
もう一度、声がした。同じ調子で、同じ抑揚で、Aくんを呼んでいる。
「はーーい」
Aくんも先ほどと同じく声だけで返事をする。ただ、二回もお母さんが呼びかけるということは、もしかしたら買い物の荷物が多くて、運ぶのを手伝ってほしいのかもしれない。そのようなことをAくんに告げるとAくんはこう答えた。
「いいんだよ、返事しないと入ってきちゃうからさ」
どういうことだろうかと首をかしげる。お母さんの声は確かに家の中から聞こえているというのに。どういうこと?とAくんに尋ねるも曖昧な返答しかせず、興味は再度対戦ゲームのほうに戻っていった。
そのあとしばらく経ってまた声がした。
「ただいまー、ちょっと手伝ってー」
「おかえりなさい」
Aくんはパタパタと部屋を出ていき、玄関先までお母さんを迎えに行った。
それから日を置いて、またAくんの家に遊びに行くことになった。その日は何人かで遊ぶことになっていたが、自分が一番乗りだった。
玄関のインターホンでAくんを呼びだし、ドアをあけてもらう。
「いらっしゃい、早かったね」
「家から全力ダッシュしてきた」
本当は学校を越えたあたりからだが、まぁ、誤差だろう。さて今日はこの前の対戦ゲームの続きをしようか、それとも別のFPSでも…と玄関で靴を脱いだ瞬間──
「ただいまー、Aくーん」
真後ろから、Aくんを呼ぶ声がした。Aくんのお母さんがタイミングよく帰ってきたのかなと後ろを振り返ると、玄関ドアのすりガラスに大きな黒い影が張り付いていた。
驚いてAくんのほうを振り返った。
Aくんは玄関に背を向けて立っている。が、明らかに体が強張っている。
「……はーーい」
振り返らないまま、Aくんはおかあさんに返事をした。
そして、また──
「ただいまー、Aくーん」
「っっ……はーーーーい!!」
再度の呼び掛けにAくんは泣きそうなほど震えた声で、大きく返事をした。
一拍おいて、恐る恐る玄関ドアのほうを振り返ると、もう影はいなくなっていた。
「もう、いないよ」
「そう……ありがとう、部屋行こうか」
ほかの友人たちが集まるまでゲームを始める気にもなれず、じっと部屋で座ったまま先ほどの声は何だったのかと問いかけてみた。
あれがなんだかわからないけど、と前置きしてAくんが語ったところによると、おかあさんに返事をしないとだんだんと声がAくんの部屋に近づいてくるのだそうだ。
以前、ゲームに夢中で気づかず、部屋のドアまで近づいてきたことがあったという。
それ以来、彼の家に行くことをなんとなく避けてしまった、といったようなことはなく、友人たちに事情を話し、誰が一番最初に返事をするかを競うこととなり、そうしているうちにいつの間にか、おかあさんが訪れることはなくなった。
たまに本物のお母さんが帰ってきて、困惑させてしまうこともあったが、その分、元気な友達グループとして今でも家族の口の端に上るそうである。
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