第5話 公衆電話
携帯電話の普及ですっかり絶滅したかに思える公衆電話自体だが、まだちらほら見かけることがある。例えば病院、例えば学校、例えば区役所とか。公共機関では、完全に無くなることはないのだろう。
しかし、電話ボックスとなると本当に見かけなくなった。言ってしまえば、現実よりもフィクションで出くわすことのほうが多いくらいになってしまった。
ポツンと真夜中、無為な明かりに照らし出されたガラス張りの個室、かつて日常的に使われていたそれは、非日常の演出に持ってこいなのだろう。
先日も、こんな話がラジオから流れてきた。
メールの投稿者によると、都内のとある公園の公衆電話から自分の携帯電話に電話をかけると異世界とつながるのだそうだ。
異界、あの世、向こう側、彼岸、狭間、境界、幽世、位相のずれた世界とつながる──のだそうだ。
これには次のようなルールがある。
・携帯電話は自分の家に置いておくこと
・家は無人でなくてはならない
・実施日は4日、14日、20日、晦日が30日の月の30日
・時刻は深夜1時ちょうどにかけること
・電話をかけているところを他人に見られてはいけない
・電話がつながったら自分から切ってはならない
・つながっている最中、電話ボックスから出てもいけない
・
いずれかひとつでもルールを破ってしまうと、異世界に連れ込まれて帰ってこれなくなってしまい、今度は電話を受ける側になってしまうという。
投稿者は実際にやってみたのだそうだ。夏の深夜一時、都内とはいえ人気のないとある公営団地のはずれに遺されている電話ボックスから、自宅に置いたままのスマートフォンに電話をかけた。
1コール…
2コール……
3コール………
しばらくそのまま呼び出し音が続いたが誰も、
そうだよね、そんなものだよな、と安堵と残念な気持ちを半々に、始発の電車が来るまで近くのファミレスで時間をつぶしてから翌朝、自宅に戻った。
机の上に置きっぱなしのスマホには当然、公衆電話からではなく非通知の履歴が残っている。これはこれでじわりとした不気味さがあるものだ。
ただ、投稿者が気になったのは、その着信履歴に留守録が残されていたことだった。
昨日電話をかけたとき、留守番電話サービスにはつながらなかったはずなのだ。なんとはなしに、その録音を室内で聞く気になれずいったん外に出てから、おそるおそる再生ボタンを押下した。
ホワイトノイズに混じって息遣いが聴こえる。1分ほど経った後ガチャリという音に続いて、ドアを開ける音と閉める音が聞こえた。状況的にもこれは昨日の電話ボックス内の音が録音されたものだろう。
なにかの手違いで留守番電話サービスにつながってしまったのだろうかとも思ったのだが、それにしたって『ガチャリ』という受話器を置いた後の音が残っているのはおかしいのだ。
しかもまだ再生は続いてたのでそのまま聴き続けていると、コンコンコンとガラス戸をたたく音がした。そしてドアが開く音。
ごう、ごう、という唸るような音が鳴り、そのままぶつりと再生が途切れた。
もし、あと数分あの場にいたら、いったい何者と遭遇していたのだろうか。
それ以降しばらく、投稿者の彼は電話の着信にでるのが怖かったという。
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