第3話 夜更かし
どうにも目がさえてしまって寝付けない。むくりとベッドから起き上がる。体がほてっているのが原因だろうから、冷めるまで勉強机の椅子に腰かけてぼーっとしよう。
丑三つ時はとうに過ぎているのでアパートの周りもしんと静まり返っている。たまに遠くをトラックが走る音が聞こえるくらいだ。配送インフラを支えてくれているドライバーたちに感謝の念を抱きつつ、やはりこんな時間に大変だなという思いのほうが大きい。
少し高い位置の運転席から暗闇の中を照らすヘッドライトを眺める、そんな様を夢想する。街中、郊外、高速、トンネル、山に囲まれた国道、たまに見かける歩道を歩く人影にびくりとしたりするのだろうか。
暗い部屋の中で深夜の高速を思い浮かべてもなお、眠気は来ない。このままでは空が白んで朝焼けを拝んでしまうのではないか、という焦りがまたぞろ眠気を遠ざける。
焦りからか若干の喉の渇きを覚えたので、喉を潤すためキッチンに向かう。これが眠気覚ましの一杯となってしまったら残念だがそもそも寝付けないのだ、誤差の範囲以外の何物でもない。
冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出し、一息に飲み干す。
コップをシンクに置き寝室に戻りキッチンとの間にある引き戸を閉めてから、とりあえず布団に戻る。横にならないことには眠気は始まらないと信じて。
天井を見つめたり、寝返りをうって窓際の壁を眺めていたらうつらうつらとしてきた。
ああ、これでようやく眠れる、そう思った刹那。
──カタン——
キッチンで、音がした。家鳴りでは無い。ゆっくりと。明確に。何かをシンクに置く音。
ついさっきまで寝苦しくて熱っていた背中にぞくりと悪寒が走る。
誰だ?
なんだ?
今すぐにでも跳ね起きて怒鳴り散らせばよいのだろうか。いや、強盗だったなら何か武器を持っているかも知れない。起きていることに気付かれないよう、寝たふりをしたまま備えなければならない。
じっとキッチンへ耳をすます。もし引き戸を開けられたらどうしようか。外に出ていく可能性は?そもそも何をしにきた?男か、女か?スマホはどこに置いた、110番してどの程度で警察は来てくれるのだろうか、武器になるものはベッドの近くにおいてあるか?襲い掛かられたときベッドの近くにあるものでどう立ち向かえば相手はひるむか、どうすれば、何をすれば、いつ、どのタイミングで、どこを狙って、助かる、めんどうだ、いやだ、いっそこちらから──
はたと、あれ以降何の音もしていないことに違和感を覚え、半ばやけな気持ちもあり、むくりと起き上がる。
きっと寝ぼけていたのだろうと早打ちする鼓動をなだめながらキッチンへ向かう。引き戸のすりガラスには当然誰の影もないのだ。
がらりとしたキッチン、シンクに置かれたままのコップも確認した。
やはり寝ぼけていただけだった、紛らわしい、そもそもなんだ、何かを置いたような小さな音にびくびくして情けない、ああ、格好の悪い…とふと窓のほうを振り返ると、ぬらりとした大きな影が、街灯の明かりに照らされて張り付いている。
玄関から転がる様に飛び出て一目散にアパートから離れた。
幸い、現代人の癖でスマホは肌身離さず持っていたため、近くの交番を調べて警察の人に事情を話し、一緒にアパートの周りを確認したが不審な人物や物は見当たらなかった。
とはいえあの影に見下ろされる想像をすると、そんなベッドで眠る気にもなれず、朝まで近くのファミレスで時間をつぶすことにする。明るくなってからもう一度周囲を確認し、改めて自分を納得させるのだ。眠れない夜がそのまま完徹となってしまった。
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