第2話 帰り道

 久々に終電一歩手前で帰る羽目となった。自宅最寄り駅につく頃には日を跨いでしまう。

 明日は休日だから午前様になること自体は大したことではない。繁忙期にはままあることだし、それが今日だったというだけだ。

 問題は駅から自宅までにあるダークスポット(と私は呼んでいる)だ。

 街灯から街灯までの距離が長いうえに、その間の民家がすべて空き家なのだ。生活の明かりさえ喪失した暗闇が、距離にして徒歩2、3分、ぽっかりと口をあけて待ち構えているのである。

 このダークスポットを通らないと線路の向こう側を迂回してえらい遠回りをしないといけないため、ただでさえ残業で遅くなった日にはこの道を使わざるとえないのだ。仕方がないので、いつもスマホのライトで道を照らしながらさっさと速足で通り抜けるようにしている。


 ダークスポットが近づいてきた、カバンからスマホを取り出しライトを点灯させる。遠くの街灯の明かりは余計な妄想にまで輪郭を与えてしまう。


 いま、窓に人影が…

 引き戸の音が…

 塀の向こうに気配が…

 ドアのすりガラスから見えるあれはもしかして…

 

 そんな妄想ばかりがはかどってしまう。

 その影の境界を暈すように、あまり周りは見なくて済むように足元だけ照らして速足で歩く。


 かっ かっ かっ


 無人の一軒目を通り過ぎる。二軒目、三軒目。


 かっ かっ こつ かっ こつり かかっ


 ──何の、音だ。


 靴音に交じって何かをたたくような音がする。

 前じゃない。

 後ろだ。

 後ろだが…高いところから聞こえる。

 頭よりだいぶ高くて、少し遠い位置から。

 

 確かその位置には。通り過ぎた背後の家々の、窓があったはずだ。

 無人のはずの家の窓を誰かが、叩いている…?


 幸い、振り返って何もないことを確かめたい好奇心よりも、早く駆け抜けてしまいたいという体の反応のほうが勝った。足元を照らすスマホが大きく振り抜く腕に従って周囲を無遠慮に照らす。

 瞬間瞬間照らし出される闇の中にまた何かが潜んでいそうで、人ならざる巨人の揺らめく影が揺らめいているように見えてしまう。

 ほんの数十秒で──それは確かに長く感じたが──ダークスポットの終わりの交差点にたどり着く。ここからは街道で交通量も増えるため、街灯も多く、明るくなる。

 きっと気のせいだったのだと。後ろを見るために首を回そうとしたその刹那。


 バンッ!


 と明確な怒りでもって地面をたたく音がした。

 脱兎のごとく街道を駆け抜ける。幾度も転びそうになりながら残業時はもちろん明るい内でも二度とあの道は使うまいと、固く心に誓った。

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