誰も振り返ってはいけない
遠久野仁
第1話 そんな話をされてもさ
「聞いて。昨日さ、ものすごく怖い夢みた」
他人の夢の話はつまらない。
そのとおりだと私も思う。支離滅裂でつながりがわからないから想像できない。
本人が盛り上がってるならまだいいものの、話しているうちに説明しきれなくなってトーンダウンする。尻切れトンボである。話の広げようもない。
ただ、しゃべって忘れてしまいたいのだ。怖い思いをしたことは確かで、それが頭の中でぐるぐる回っている。そんな状態でいたくない。
誰かに伝えるために整理しようとすれば、怖い話が意味の分からない話に変換されて恐怖が霧散する。そうしてしまえば良いのだ。
「ありがと。ほんとに嫌なんだけど、なんで夢の中って思うように体が動かないんだろ。走れなかったり足が遅かったり、叫ぼうとしても全然だったり」
ふと、ホラー映画のワンシーンが浮かぶ。
どろりとした水の中で身動きが取れないなか、仮面をかぶった殺人鬼に追われる場面だ。もっと速く動けよ、後ろを見るな、そっちじゃない、ああもうどうして。
被害者達がみな理性的で、合理的な動きをとってしまっては物語が一瞬で終わってしまう。罰当たりなことをしない、肝試しにいかない、クラスメイトの醜態を全体公開のSNSに拡散しない。不発の花火のような物語ができあがってしまう。
「それもいやだね。咲いて散れなかった花火は悔しかったろうね、それが生きがいだったのに」
散るのが生きがい。それは正しいのかな。
「散るために生まれた人生、花火は武士だね。で、夢の話なんだけど、学校に忘れ物取りに行こうとするの、それもシャープペン。普通に考えたら翌朝でいいでしょってね、翌日も平日なことは夢の中でも気づいてる。でもどうしても取りに行かなきゃって、このあたりの意味不明なところがいかにも夢っぽいのに寝てるときは気づかないんだ」
気分がいいことを夢心地などというが、果たしてそうだろうか。夢の中というのは焦っていることが多い、と私は思う。幸せな夢。夢だった時点で不幸ではなかろうか。むしろ夢でよかった、などと安堵することのほうが多い。夢を夢のままで終わらせたほうがお金もかからないのだ。
「で、忘れ物して取りに行くなら夕方か夜のはずなんだけど明るいの。でも私の夢っていつもモノクロなんだよね。白黒。真っ白い空、真っ白い校舎、真っ白い校庭。怖いよー、もう迷い込んだ感半端ないの。それなのに、ここはいつも通ってる校舎だ、教室は二階だな、とか確信してる。シャープペン取りに行かなきゃって、校舎に入ったら今度は河原にいるんだよね、そこで歩き回りながらシャープペン探してる。空は真っ黒。それなのに川に反射した光のせいか、手元はよく見えるんだ。足元に生えてる腰丈くらいある雑草をかき分けてかき分けて、この時の焦りっぷりったらもうほんとやばかった。見つからなかったら殺される!みたいな」
支離滅裂が加速してきた。悪夢、うなされるときはだいたい寝苦しさとともにある。順序が逆だ、悪夢を見ているから苦しいのではなくて、寝に失敗しているから悪夢を見るのだ、というのが持論だ。いつもと違う姿勢で寝たり、暑かったり、胸に何か置いてしまったりとか。息苦しいのは悪夢である。
「そしたらそこで腕をつかまれたの。普通だったらここで悲鳴をあげるとかおもうじゃない。でも振り払ってそのまま探索続行。普段の私だったら考えられないよ。そこまでして夢中で探し続けて、どんどん視界が狭くなっていって草かき分けてもう地面堀出したところで何が出てきたと思う?」
「消しゴム?」
「惜しい」
「なによ」
「眼球、人の目」
「惜しくないだろ」
「白いとこ多いじゃん」
「発想こわ、夢よりこわ」
ノートに擦り付けられる眼球を想像しながら。
河原一面に敷き詰められた眼球はいくらのようでおいしそうだなと胃袋の動きを感じながら。
ふと。
ヒトの目だと断じた彼女のことが、少し不気味に思えた。
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