さんじゅういちわめ

屋上を出て一階まだ階段を降りる。

「椿は部活には入ってないの?」

少し先を歩く仁が聞いた。

あー、と椿が気まずそうに間を置いた。

「帰宅部、かな。」

「そっか。」

「東くんは?」

俺?と仁は少し振り向いた。

「今のところ、なんの予定もないかな。」

「サッカーは?」

「今は、いいかな。」

少しの沈黙が二人の間に走る。

椿がゆっくりと階段を降りる音がかすかに反響する。

もう階段を下り切った仁は下で椿を待っていた。

「スポーツってさ、うまくいかないととことんうまくいかないよね。」

静かな廊下に、椿の声が響く。

「なにが?」

「人間関係。」

仁は、同意とも不同意とも取れない相槌を打った。

「なにかあったの?」

仁が聞きかけた時、椿が最後の一段を降りた。

「うわっ」

椿の足首がぐにゃりと曲がる。

仁が受け止めなければ激しく転ぶところだった。

仁の腕が椿を抱えてい?。

「大丈夫?」

笑い混じりの声が聞く。

椿は焦ったように仁から離れようとするが、足がまだ痛んで思うように自立できない。

「ごめん。」

仁が相手でも、やっぱり異性に対する耐性のなさは働くらしい。

椿は熱を持って顔を真っ赤にしていた。

「椿ってドジなんだね。」

恥ずかしくて椿は手で顔を覆った。

このまま何もなかったふりをして逃げてしまいたい。

今ならボルト並みの速さで逃げられる。きっと。

「椿。」と仁が名前を呼ぶので椿はそっと仁の方を見る。

仁はまっすぐに椿を見て笑った。

「やっぱ椿、かわいい。」

葵がいたら、こいつー!って叫んでしまいそうな、いや、椿だって叫んでしまいたい。

それくらい、心臓が高鳴っている。

なんだろう、この気持ち悪い感じ。

恋愛漫画の主人公ってこんな気持ちなんだろうか。

イケメンが言うセリフが、こんなにも雰囲気を作ってしまうなんて。

「京極!」

聞きなれた声の、聞きなれないセリフ。

微かな違和感に声の方を向くと、部活はもう済んだのか、清臣がいた。

清臣は仁を鋭い目で見る。

そこに何か感情がこもっているかは椿にはわからない。

いつも通り目つきが悪いのだと言われればその通りだった。

「お嬢、帰りましょう。」

清臣はそっと耳打ちする。

椿は思わず、「え?」と返してしまう。

そんな椿の様子も構わず、清臣は椿の手を引いた。

そんなに力は強くなかったけど、強引に手を引かれる。

清臣は何も言わない。

「ねぇ、臣!」

椿は手を振り払って言う。

その声には怒気が含まれている。

「なんで……?」

清臣はまだなにも言わない。

「ちょっと、強引だよ。」

「……あいつだけはやめてください。」

「なんでよ。」

椿の表情には怒りよりも悲しみが反映されている。

清臣はただ静かな瞳で椿を見ている。

「東くんのこと、なにも知らないでしょ。いい人だよ、東くん。」

何も言わない臣のことが、だんだんと腹立たしくなってくる。

むくむくと自分の中の嫌な気持ちが膨れ上がっていく。

「臣こそ、先輩と仲良くしてるじゃん。私の邪魔なんかしてないで、先輩と仲良くしてればいいじゃん……!」

嫌味だ。

自分でも思う。

でも、止まらなかった。

「それに、そんなことしてる暇あるんだったら仕事してよ。」

椿は吐き捨てるように言うと、臣の顔も見ずに踵を返した。

乱暴な手つきで靴を履き替えて、そのまま姿を消してしまう。


一人取り残された仁はしばらく唖然としていたが、やがて笑う。

「なんだ、京極も大したことないな。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る