にじゅうななわめ

「どういうこと!」

唯華と葵が身を乗り出して聞く。

椿の返答は一つ。

「……わかんないよ。」


数時間前――

「椿、久しぶり。」

椿は混乱した末、小さく口を開けた形で固まった。

「ど、どういう関係?」

横から葵が口をはさむ。

椿は固まったまま何も言わない。

「覚えてない、か。そりゃそうだよな。」

相手は困ったように笑う。

椿はなんだか申し訳なくて小さく謝った。

「ごめん、なさい。」

「いいよ、普通はおぼえてない。十年以上も前のことなんて。」

十年以上も前。

その言葉を聞いたその瞬間、椿の頭はフル回転する。

十年以上も前、椿はこの人に会ったのだろうか。

ついさっきの引っ掛かりがよみがえる。

どこかで見たことのある顔だった。

「……じんくん?」

転校生の顔がパッと明るくなる。

同時に、椿の顔にも笑みが咲く。

「思い出した!」

椿は興奮して高い声で言う。

懐かしいとか、ひさしぶり、とか椿は矢継ぎ早に言う。

転校生は何も言わなかったが、葵に言わせればそれは、恋する男の顔だった。


「いい?男ってのはわかりやすいの!あんな優しい顔するのは好きな子にだけ!」

はぁ……と椿はためいき交じりにかえした。

「それで、わからないってどういうこと?」

唯華がドリンクのストローをすすりながら聞く。

「小さいころの話だから。確かに一緒に遊んでたけど、どこから来た子だとか、あんまり知らなかったんだよね。」

「じゃあほとんど、初対面みたいなものね。」

椿は頷いた。

思い出されるのは、風景だけで、大したエピソードもない。

どんな話をしたのか、どんな風に遊んだのかすら思い出せない。

ただ一つだけ、よく遊んだのは、去年まで住んでいたあの家のある辺り、その近くにある公園の花畑だったことは覚えている。

そういえば、もうずいぶんと前に、あの公園はなくなって、小さなマンションが建っていた。

「小さい頃ってさ、どれくらい前?」

椿は考える。

記憶力に自信はないが……

「たぶん、小学校入る前くらいかな。」

へぇ、と葵はポテトを加えながら言う。

「運命じゃん。」

「やめてよ。」

急に立ち上がる葵。

「だって、会って早々、告白だよ!?」


「急にいなくなったから、心配してたんだよ!?」

「椿、そんなタイプじゃなかったでしょ。」

よく覚えていないが、確かに子どもの頃の椿は同い年の子に比べても幼かったと思う。

椿のやわらかいほおがぷくりと膨らむ。

「心配はしてなかったかもだけど、悲しかったのは本当だよ。」

「そっか、嬉しいな。」

仁と過ごした時間が楽しかったという記憶ははっきりとある。

「今はどこに住んでるの?」

「山園駅。椿は今も同じところ?」

「私は、今は引っ越したんだけど、でも山園の隣の駅。」

仁の顔がパッと明るくなる。

「マジか。」

「あのさ……覚えてる?」

仁の言葉は本当にそれだけだったので、椿には全くわからない。

「覚えてないか。」

仁は気まずそうに笑いながら首の後ろあたりをかく。

「なにを?」

椿が聞くと、仁は小さく肩をすくめた。

「俺と結婚するって約束したこと。」

ぶわっと椿の顔が赤くなる。

仁には椿の顔の熱が伝わってくるような気がするほど、椿は赤面していた。

「恥ずかしい……ごめん、忘れて。」

椿は顔を逸らした。

こういうのを黒歴史って言うんだろう。

「違う。」

仁が笑いながら言う。

「それ、言ったの俺だから。」

椿は一瞬ポカンとした。

それがおかしいのか、仁はさらに笑みを濃くする。

「でも、椿もいいよって言ってくれたよ。」

「やっぱり忘れて。」

椿は真っ赤にした顔で慌てている。

「俺、あの約束は今でも有効だと思ってるから。」

仁の瞳は思った以上にまっすぐだった。

椿は真っ赤な顔のまま仁の瞳を見ていた。


「なにあれ。」

葵がストローを噛む。

「今思うと結構キザなセリフだけど……」

「イケメンがいっちゃうと、いい場面になるのよ。」

唯華のセリフを葵が継いで言った。

「守間くんが泣いちゃうよ。」

唯華が完全にからかいの口調で言う。

「なんでよ。」

二人の期待の混じった視線に椿は首を横に振る。

「そう言うんじゃないって……守間くんは、先輩がいるでしょ。」

「それ!」

葵が軽く身を乗り出す。

「米山美夏!」

先輩ね、と椿は付け足す。

「情報集めてきました!」

おぉー、と唯華は拍手する。

正直なところ、気になる。

椿も少し前のめりになった。

「なによ……そんなにみられたら緊張するじゃん。」

無意識のうちに椿は葵をじっと見ていた。

「ごめん。」

「そういうとこ。」

なにが?と椿は聞き返す。

「そういうところで人は恋に落ちるの。」

こんなことで?と椿は首を傾げる。

葵は椿を軽くあしらって話を進めた。

「米山美夏先輩、守間くんのことずっと狙ってて、そのために彼氏とも別れたらしい。」

「本気じゃん。」

唯華が言う。

「あの人、狙った獲物は逃さないからね。」

唯華は少し考えているようだった。

「たしかに、そうだね。」

米山先輩は学校一の有名人と言ってもおかしくない。

入学当初の椿でも知っていたくらいだから。

椿は知らなかったけど、彼女の人間関係の話は多くの人に知れ渡っているのかもしれない。

「だけど、同時に手段を厭わないタイプでもある。」

「どういうこと…?」

唯華の冷静な声が聞く。

「そのまんまよ、好機を逃さないために、浮気まがいのことしたり、酷い振り方したり、ライバル蹴落としたり。」

そんなことをして、楽しいのだろうか、と思う。

ライバルに関してはともかく、一度選んだ人を捨てて、次の人に行っても、どうせまた捨てる未来が椿には見える。

そこに幸せを感じることはできない。

恋愛なんてしたことのない椿だから、そう思えるのだろうか。

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