じゅうきゅうわめ

「奥さん、すごい綺麗だね。」

奈乃香が少し興奮交じりに言う。

「ひがっちにはもったいないな。」

「何様だよ。」

椿たちは式のほうだけの出席だった。

披露宴には出席しない。

白のウエディングドレスに身を包んだ先生の奥さんはとてもきれいな人で、確かに先生には少しもったいないかもしれない。

「先生、尻に敷かれるタイプだよね。」

「絶対そう!」

そんなことを言いながら、椿たちは教会の庭に向かう。

写真撮影のために。

「奥さんも先生なんだって。」

誰から聞いたのか、葵が言った。

「たしかに、なんかそんな感じするね。めっちゃ優しそう。」

舞香は大きくうなずいた。

「絶対、怒るときは怒るタイプだよ。」

梨乃の言葉に椿は大きく賛同する。

「いい先生じゃん。」

まぁ、ひがっちの奥さんだしね、と恵那が言って、全員が頷く。

「金、いくらかかったんだろ。」

「お前、他人の結婚費用、気になるか?」

「いや、今後の参考に。」

「お前は一生結婚できないだろって。」

後ろでは太陽ら男子がそんなやり取りを繰り広げていた。

「ねぇ、式あげるなら、白無垢とウエディングドレス、どっちがいい?」

唯華が話題を変えた。

「私、断然ドレス!」

奈乃香が大きく手を挙げて言った。

唯華も、舞香も、恵那も、ドレスがいいといった。

「梨乃は?」

恵那が聞くと梨乃は首を横に振った。

「私はまだわかんない。」

「そんなもんだよね。」

と、葵は妙に大人ぶって言うので、奈乃香が聞いてみる。

「じゃあ、葵も?」

意外、という奈乃香に葵はすました顔をして見せる。

「私は白無垢がいいかな。」

「意外!」

奈乃香はさっきより大きな声で言う。

「まぁ、みんなも大人になったらわかるよ。」

「椿は?」

どや顔の葵をガン無視して唯華は椿に聞く。

椿は少し考えて答えた。

「……どっちも。」

「欲張りだなぁ。」

恵那が笑み交じりに言った。


「ねぇ、もし結婚するなら、どういう人がいいかな。」

帰り道のことだった。

葵は懲りずに結婚の話をする。

「あんたは、ちゃんとしてる人がいいよ。」

「私がちゃんとしてないみたいじゃん。」

自覚はあるのだろう。

葵はいつものような勢いはなかった。

それに苦笑しつつ、椿は言う。

「そういう奈乃香はどうなの。」

奈乃香は椿のほうを向いてにやりと笑った。

「玉の輿。」

「年上でも?」

「そりゃあね。むしろ年上がいいわ。」

「ちょっと現実味あるの腹立つ。」

奈乃香は年上に愛されそうな性格をしているから、もしかしたら将来、本当に会社の社長とかと結婚しているかもしれない。

「私、梨乃のタイプが気になるんだけど。」

唯華が言った。

確かに、椿にも気になる。

梨乃はまた少し考える。

「好きな人がいたら結婚するんじゃない。」

「梨乃らしいわ。」

少し先を歩いていた舞香がふと、振り返って椿を見た。

「椿は?」

横から葵が茶々を入れる。

「椿は、守間くんでしょ。」

すぐ後ろに清臣たち男子がいるのは知っていたから、椿は少し焦った。

「照れちゃって、かわいいね。」

からかうように奈乃香は言う。

「なんでよ。」

「最近、仲良さそうだもんね。」

椿は首を横に振った。

「そんなんじゃないって。」

にやにやとした表情が椿を見つめている。

椿はぷくりと頬を膨らませた。

本当に、そういうんじゃない。

いつも、守間くんに申し訳ないくらいだから。


清臣と二人きりになった帰り道。

椿はふと思ったことを聞いてみる。

「今日、友達と話してたんだけどさ。」

「面白そうでしたね。」

相変わらず、椿は清臣の言葉に驚いてしまう。

面白い、なんてそんな感情あったんだ、と。

清臣がやっぱり不服そうな瞳をしたのを無視して、椿は続ける。

「男子ってさ、結婚式どうするとかって考えたりしないの?」

奈乃香と葵が出した結論は「男子は何も考えていない」だった。

椿はそんなはずはないとは思うけど、確かに太陽やはっさんたちがそういうことを話題にしているのはあまり想像がつかない。

「さぁ……」

「守間くんは?」

清臣は椿に聞かれて少し驚いているようだった。

「考えないです。」

一呼吸おいてまた言った。

「お嬢は?」

椿は少し恥ずかしそうにうつむきがちに言った。

「ときどき、ね。」

意外にも清臣は興味ありげな反応だった。

「なにを、考えるんですか。」

自分から始めたわだいなのに、いざ、自分が話す側になると恥ずかしくなってしまった。

「ドレスか、着物か……とか。」

反応がないので、椿は顔を上げて清臣のほうを見た。

前をじっと見ていた清臣が、椿の視線に気づいて二人の目が合う。

「どっちも、似合いますよ。」

椿は思わず視線をそらした。

なんで、そんなこと。

ついこの間までそっけなかったくせに。

なんとか話題を変えたくて、前々から思っていたことが口をついて出る。

「そろそろ敬語やめない?」

清臣は笑いもせず答える。

「そんなことしたら、若に殺されます。」

感情がないせいか、妙に生々しく響いて椿は肩に力を込める。

それを見た清臣は、心なしか優しい声音で言う。

「それは冗談ですけど。」

からかわれているのかもわからなくて、椿は困惑の混じった表情になる。

「普通の世界じゃないのは確かです。それに、俺は嫌じゃないので。」

清臣はどんなこともさらっと難なく言ってしまう。

「俺のわがままだと思ってください。」

椿は思う。

きっと清臣は、きっと、すごくいい人だ、と。

語彙力のない椿には、一見、浅い感想しか出てこないけど、その「すごく」にはいろんな意味がまじりあっていた。

切実で、喜びに満ちたような。

清臣は、しばらくしてから言った。

「一つ、お願いしてもいいですか。」

椿はすぐにうなずいた。

「名字じゃなくて、別の呼び方で呼んでください。」

「名字」が嫌なのか、「名字で呼ばれること」が嫌なのか椿にはわからないし、それを聞く度胸もなかった。

でも、だからこそ、椿はすぐに清臣の名前を呼んだのだ。

敬愛する兄と同じように。

「臣。」

誰も気づけないほど、さりげない安堵の色が、清臣の瞳に浮かんだ。

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