じゅうななわめ

椿は困惑していた。

目の前の美人はどうやら清臣の母親のようだが相当な毒親である。

なんとなく、清臣の家庭環境も想像がついた。

母親の剣幕は相当で椿は心底怯えていたけれど、ここから離れたら清臣は一人きりで母親と話さなければならない。

それはダメな気がして、椿は意地でもこの場にいるつもりだった。

どうやら、お金のやり取りをしようとしているらしい。

椿は緊迫した雰囲気に息をのんだ。

「あなた、今どこからお金が出てるの?」

母親らしい貫禄と、おおよそ母親とは思えない身勝手さが入り混じる口調。

「言う必要ないだろ。」

冷たく言い放った清臣は、さらに追い打ちをかけた。

「もう、だまされるほど馬鹿じゃない。」

だが、少しも効かないというように、母親は肩をすくめる。

「知ってる?あなた、戸籍上もまだ私の息子なの。」

「だからなんだよ。」

椿からは清臣がどんな顔をしているのかはわからない。

「あなたの財産は私のものなのよ。」

清臣は静かに息を吸った。

「もういい加減……」

清臣の言葉が消える。

「いい加減、やめたらどうですか?」

椿は思わず口をはさんだ。

どことなく似ている二人の親子がそろって椿を見る。

「お金、別に守間くんから借りなくてもいいじゃないですか。消費者金融とかあるし。」

何を言うんだ、と清臣の視線は言っている。

「まともに育ててこなかったくせに、守ってこなかったくせに、今更、彼の優しさに頼ってどうするんですか?」

呆れと哀れみの混じった冷たい瞳が言う。

「はっきり言って、最低ですよ。」

「あなたになにがわかるの!?」

母親は肩を大きく上下させて叫ぶように言った。

「……私は、守間くんのことよく知らないけど、でも、そんなのお互い様じゃないですか。」

椿は冷静だった。

それを見てか、一瞬我に返った母親は怒りがにじんで震える声で言った。

「部外者の癖に……いいわ、一度席を外して。」

額には青筋がたっている。

「嫌です。」

椿は毅然として言い返す。

「あのね、他人様の、それも無関係の家族の仲に割り込んでくるなんて……」

「彼はもう、私の家の人間です。」

予想外の言葉に目を見開いたのは、母親と、そして清臣もだった。

「戸籍ってものが……」

椿は言葉を遮るように、強く、しっかりと言う。

「何を言おうと、彼はもう私の家族だから、もうかかわらないでください。」

清臣の母親は、グッと唇をかんだ。

母親の手が大きく振り上げられる。

その手が下ろされる前に、清臣の手がそれを止めた。

「ごめん、母さん。」

清臣が離した母親の手は力なく垂れ下がる。

「育ててくれたことは感謝してるよ。でも、もういいよ。俺は、母さんの息子でいたくない。」


「ずっと、言ってなかったの?」

すっかり日の落ちた川辺では星がよく見える。

自転車で通り過ぎる学生と、イヤホンをつけながら走るランナー、菓子パンをほおばりながら歩く若い会社員。

多種多様な人種とすれ違う。

夜とは言え、どこかにぎやかだった。

「そっか、じゃあ、お父さんに言っておくね……おじいちゃんでもいいか。」

清臣はちらりと椿のほうを見た。

「それはどういう……」

「もう二度と目の前に出てこれないようにする。」

椿の顔には表情がなくて、冗談なのか本気なのかわからない。

「意外と、過激なんですね。」

そうかな、と椿は困ったように笑った。

一息おいて、聞いた。

「きっと、お母さんにもいろいろあったんだよ……って、思ってたでしょ?」

清臣は何も答えない。

「でも、それと守間くんの不幸は関係ない。自分の不幸を理由に誰かを傷つけていいわけない。」

芯のある声でそう言ってから、眉をくいっと下げた。

「ごめんね、私、不器用だから。」

椿は今度こそいつも通り明るく笑った。

「お嬢は、強いですね。」

「そんなことないよ。」

そう言うと、椿は体から大きく力を抜いた。

「緊張したぁ。」

清臣はすこしためらってからいう。

「ありがとうございました。」

椿はじっと清臣を見上げた。

表情はよく見えなかったが、その瞳の真っすぐさだけははっきりと伝わってきた。

「お互い様。」


思い出した。

母がいなくなったアパートの一室で、一人飢えに耐えながら暗闇でほとんど死んだように生きていたころを。

母は、京極家関係の知人から金を借りていたそうだ。

その取り立てに来たのは、大人には見えない少年だった。

後から知ったのは、それが取り立てではなかったこと、どこかから調べた清臣のことを案じて様子を見に来たこと。


母が唯一買ってくれたおもちゃは、当時放送していた戦隊ものの主人公のフィギアだった。

清臣には彼がヒーローのように見えた。憧れよりもずっと遠いところにいる、カッコいい存在。

彼は、京極家に引き取られた清臣に言った。

「お互い様の関係であろうぜ。」

それはどういう意味だったのかわからない。

でも、彼は出会ったときから、清臣のことを気にかけ、時に手を差し伸べてくれた。

椿を守ることは、あの人に、あの人たちに恩返しをすることにつながるだろうか。


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