じゅういちわめ
新学期が始まってはや1ヶ月。
椿は言うまでもなく、清臣もだんだんと学校に馴染んでいた。
「守間くんって、イケメンだし、頭もいいし、運動もできるし、コミュ力高いし、欠点なくね?」
菜乃花が今の季節には少し早いアイスを頬張りながら言う。
昼休みの教室には弁当の匂いに混じって、バニラの香りが強烈な存在感を放っている。
購買で買ったアイスだから、先生に怒られることはもちろんないけど、それでも、堂々とアイスを食べれるのは菜乃花くらいしかいない。
清臣は、意外にも表情豊かで、クラスの男子と話している時は笑顔を見せている。
というか、椿に対して無愛想なだけだろうか。
今なんて、太陽の誘いに乗って、他のクラスの男子と、サッカーをしに校庭まで出て行った。
今日も学年関係なく、清臣のファンになった女子がコートの横で黄色い悲鳴をあげている。
「まあ、正直……」
珍しく梨乃が口を開く。
「あの人のことを見るために、別のクラスの人が来るのはいい気分じゃないよね。」
葵も激しく首を振って同意する。
「うちのクラスメイトだっての!」
え?と梨乃が聞き返した。
え?と葵も聞き返す。
「なんか違った?」
「ごめん、仲間意識とかじゃなくて、普通に迷惑だなって思ってた。」
「なにそれ、冷たーい。」
友情に厚い葵と、淡白な梨乃だが、なんだかんだうまくいっているのも事実だ。
椿は二人のやりとりに笑っていた。
開け放たれた窓からは校庭のざわめきもよく聞こえる。
女子たちの黄色い歓声。
清臣がボールを取るたびに騒ぐものだから、聞いているだけでは何が何だかわからない。
これまでと比べて小さめの歓声が聞こえた。
「あ、榊くんゴール決めたよ。」
窓から校庭を見つめていた舞香が言った。
今の歓声は純粋に試合を楽しんでいる歓声だったのか。
椿はそう思ったが、そう言うわけではないらしい。
「最近、太陽までモテ始めちゃってさ。」
「あんなへなちょこのどこがいいんだか。」
アイスを食べ終わったらしい菜乃花は、言いながらポッキーの袋を開けている。
「……太るよ。」
梨乃の言葉に菜乃花は動きを止める。
「大事なのは、幸せであることだからいいの。」
「どんな理論だよ。」
言いながら葵も、菜乃花のポッキーをつまむ。
「守間くんさー、せめてマザコンであってほしいよね。」
珍しく強気の唯華。
椿は春の日差しに眠気を感じながら思う。
清臣の家族って、どんな感じだろうか。
——守間くんの家族ってどんな感じなの
椿は聞こうとして口をつぐむ。
清臣が清臣だ。家族もとんでも無いのだろう。
とんでもない環境にはとんでもない親がつきもので、本人にとっての地雷だったら嫌だから、聞かないことにしたのだ。
夕食の誘いを断られた日から二人の中は一向に縮まらない。
清臣の対応は当然と言えばその通りなのだが、椿はより慎重になった。
清臣が椿に対して冷たいことも含め、会話をすることさえ億劫だった。
相変わらず清臣は朝が苦手な椿を起こしてくれるが、それ以外に優しさは見えない。
普段の朴念仁からは想像もつかないほど、友達の前では表情豊かだ。
ファンの女子の中では、『清臣が優しい』ことは常識なみに当然のことらしい。
なら、どうして。
清臣が背負う仕事。
冷静に考えればなかなか理不尽な状況だ。
椿は、清臣に嫌われていても、恨まれていてもおかしくない。
繰り返されるチャイムの音に、清臣はハッと目を覚ます。
枕元に置かれたデジタル時計が示すのは、夜中の二時であること。
廊下に出ると、自動式の明かりがつく。
その明るさに目がくらみながら、鍵を回して、玄関のドアを開ける。
お嬢に、なにかあったのかもしれない。
ドアを開けた先には、きゃしゃな体――であったのは間違いないが、それは椿とは似ても似つかないシルエットをしていた。
腕を組んで立っている不愛想な表情は、認めたくはないが、清臣にそっくりだった。
目を大きく見開いて清臣はつぶやく。
「……母さん。」
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