きゅうわめ

バドミントンラケットのケースを背負ったカレンが呆然と立っている。

かと思えば、一気に距離を詰め、椿に耳打ちするように言った。

「守間くんと仲良くなったの!?」

椿は迂闊に頷くこともできず、カレンの熱烈な眼差しを受け止めるしかない。

「えーっとね。」 

靴を履き替えた清臣の視線まで椿を追い詰める。

「えっと、幼馴染なの!」

「えぇ!!」

カレンが満面の笑みではしゃぐ。

後ろにいる清臣の反応は窺えないが、ものすごい圧を感じる。

冷や汗をダラダラとかきながら、カレンを諭す。

「部活、行かなくて平気なの?」

ハッとしてカレンは踵を返す。

椿が胸を撫で下ろしかけたとき、カレンが振り返る。

「あとで話聞かせてね!」

椿はヒラヒラと手を振りながらカレンの後ろ姿が見えなくなるのを確認した。

恐る恐る後ろを振り返る。

相変わらずの仏頂面の表情は、相変わらず読めない。

「あの……ごめん。」

きゅっと眉間に皺がよる。

堂々と関係性を告白できない理由を理解できない人は多数いる。

こっちにもいろいろあるんだよ、と逆ギレしたいが、この場合、椿が100パーセント悪い。

清臣はため息に似た息を吐き出して言う。

「俺は構わないですけど、あとで後悔するのはお嬢ですよ。」

本心からの言葉かはわからないが、予想外の返答に椿は少し驚いた。

「お詫び……って言ったらなんだけど、夕飯食べてかない?」

妙なことを口走っている。

言いながらすぐに撤回したくなった。

全く理解できないタイプの人間、仲良くなれるかもわからないけど、どんな相手でも距離は縮めておいたほうが良い。

とはいえ、いきなりこんなことを言ってしまうのはやっぱり違う。

いや、堂々と女子が眠る部屋に侵入してくるくらいだから大丈夫か。

椿がそんなことを考えられるほどの間を開けて、清臣は返事をする。

「……結構です。」


「椿、寝不足?」

今朝もしっかりアラームが鳴る前に清臣に起こされた。

しかし、昨夜はなかなか寝付けなかったせいで、良い目覚めにはならなかった。

「ちょっとねー。」

だって断られると思わないじゃん。

誰にも愚痴れないから、一人心の中で呟く。

椿は、普段仲のいい友人たちに囲まれているせいで、断られると言う経験がほとんどなかった。

「一限、体育だよ。」

「走りながら寝ないでね。」

昨日一日かけてオリエンテーションを行い、早速今日から授業が始まる。

うちの学校は、他校より授業の始まりが早い代わりに、少しだけ夏休みは長い。

それにしても、なかなか寝付けないことなんてなかった。

家族と別れた日でさえも、すんなり眠れたくらいだから、椿にとって睡眠不足は強大すぎる敵だ。

あいにく、授業は朝から降り続けている小雨と、アイスブレイクを理由に、男女混合ドッヂボールに変更となった。

体育は、二クラス合同で行う。

椿たちのクラスはすぐ隣のカレンたちのクラスと合同だが、今日はカレンたちのクラスと対決するらしい。

30人対30人というなかなか大きな規模の戦いに、みんなはやる気満々だった。

体育の先生は一人足りない相手チームのヘルプに入った。

「おっしゃ、勝つぞ!」

名前の通り暑苦しい太陽が声を上げると、クラスの男子がおー!と声を合わせる。

「体育祭かよ。」

菜乃花が隣で笑う。

「椿、大丈夫そ?」

唯華が半分からかい、半分本気で心配している目で見てくる。

球技は苦手だ。ドッヂボールは特に。

反射神経がないわけじゃないけど、よくボールに当たる。

開始の笛が鳴った。

ボールは相手チームが持っている。

人数が多いうちは、人混みに紛れている椿が当たることはそうそうない……

「椿ー!!」

葵の笑い声が響く。

相手チームのボールが顔面に当たった。

ボールの跡なのか、恥ずかしさのせいなのか、椿の顔は真っ赤だ。

「まじごめん!!」

椿にボールを当てた男子が謝る。

「今のは悪くないわ。」

「あれは無理、絶対当たる。」

葵や菜乃花が口々に言う。

私、そんなおかしな動き、してたかな。

「ごめん、京極!!狙ったわけしないんだよ。」

大丈夫、男子に笑って返して、椿は外野に行こうとする。

「今のは顔面だからセーフだぞ。」

先生の声に椿の瞳が絶望色に染まった。

「早く外野に行きたい……」

落ち込む椿の背中を唯華が笑いながら撫でた。


葵が笑い転げている。

その笑いっぷりにすれ違う上級生や下級生がじろじろとその顔を振り返る。

「そんなに笑わなくてもいいじゃん。」

なにがおもしろいの、と椿が不貞腐れると、葵はますます笑う。

「いやだって、守間くんカッコ良すぎて。」

「別に面白いことでもないでしょ。」

清臣は別にこんな時までいいのに、しっかり椿のボディガードを遂行していた。

あれから椿がボールに当たりそうになると、全て防いで見せたのだ。

……まあ、ちょっとカッコよかった。

「あんなの、惚れるよねー。」

「それに比べて椿のダサいこと。」

葵だけじゃなくて、菜乃花まで笑い転げる。

「なんで、ボールにあたりに行っちゃうんだろうね。」 

「おとなしく、守間くんの後ろにいればいいのに。」

「椿はボールと仲良しなんだよね。」

恥ずかしくて思わず顔を覆う。

「もうやめてよ……」

横を通りかかったカレンが元気な声で言う。

「ごめんねー、私が椿を狙えなんて言うから、ボールもその気になっちゃったみたい!」

カレンは椿が顔を上げる前に走って逃走した。

天音が短く謝りながらカレンの後を追いかけた。

代わりに声をかけたのは市野川だ。

「お前、今日もちゃんとダサかったぜ。」

失態とも呼べない失態をばかにしてくる。

葵たちのテンションも一気に下がった。

「守間のこと好きになったんだろ。」

「しつこい。」

隣で唯華がぼそりとつぶやいた。

椿たちが反論しないのをいいことにどんどん調子に乗る。

「守間が、整形賛成派だといいなー。」

葵が小さく舌打ちをした。

それに気づいた梨乃がそっと葵を手で制した。

「あぁごめん。」

そのとき、誰かにぶつかられて、市野川がよろめいた。

清臣だ。

市野川は清臣をにらめつけようとしたが、清臣の仏頂面に負けて、おとなしく退散していった。

清臣はチラリと椿を振り向いて去っていく。

「ねぇ。」

最初に口を開いたのは葵だった。

「守間くんって、椿のこと好きなんじゃないの。」

葵の言葉を皮切りに、一気にテンションが元通りになる。

騒ぐ友人たちに囲まれながら、椿は一人、何も言えずにいた。

その通りだとは全く思えないけど、でも、振り向きざま、清臣は小さく笑った気がした。

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