おっぱいが世界を救った話をしようと思う
しめりけ
おっぱいが世界を救った話をしようと思う
「貴様が今回の『
「……はい、その通りでございます邪竜様」
「我を謀るつもりか、ニンゲン」
「い、いいえ。決してそのようなことはございません!」
「…うつけが。そのような立派な肉付きをした者がおるわけなかろう。いままで捧げられてきた『贄』たちは、どれもこれも線の細い者たちであったぞ。それともなにか、今までは子の捨て場として我を利用してきたとでも言うつもりか?」
「いいえ、いいえ。お聞き届けくだざいませ邪竜様。確かに今までの『贄』は線も細く、御身を満足させるには至らなかったかもしれません。しかし、私は『ある事情』により、これだけの体を育むことができたのです。すべては、今日、この日のために…」
一瞬の沈黙。開いた瞼がヒクついているようにも見えるが、なにが怒りに触れたのかわからない
「ふん…ならば確かめてやろう。服を脱いで、近こう寄れ」
「…はい」
心もとない薄布が地面に落ちる
私は下履き一枚となり、その身を邪竜へ捧げた
────────────*────────────
ざわめく喧騒
露店を開いた店主たちの快活な呼び声と、客たちの楽しそうな声
決して進んだ文明とは言えないが、そこには確かに人々の営みがあった
そんな月に一度の市場の中を私は幼なじみのコリンと共に歩いていた
「ひゅー!あんたいい乳してんねえ!この辺では見ない肌の黒さだがべっぴんさんだ。どうだい、うちの瓜を買っていかないか?」
「ふふ、ありがとう。これはいい瓜ですね。うーん……家族にも買って帰ってあげたいけど、お高いんでしょう?」
チラッ、と。麻布の服から見える胸を見せつけ、流し目で聞いてみる。
案の定というか、店主は実はゴム人間なのかと尋ねたくなるくらい鼻の下を伸ばしている。
「いいよいいよ。ひとつ買ってくれるならおまけしよう!お、そっちのニーサンはお連れさんかい?じゃあそっちのニーサンにもサービスだ!」
「そうですか?じゃあありがたくいただきますね」
満面の笑みで荷台に瓜を積んでくれる店主がこっそり耳打ちして来る
「なあ、今晩1杯どうだい?なんなら今からでも……」
ニコニコがニヤニヤに変わる店主にこちらもこっそり返す
「……私、邪竜様への『贄』なのです。だからそのお誘いに応えることは出来ません」
店主はピシッと効果音が聞こえそうなほど硬直したかと思うと、私の身体を頭からつま先、最後に胸までじっくり見た
「……はあ、そうか、それなら仕方ねえなあ。」
店主は苦い顔をして瓜をもうひとつ取りに行った
「これもおまけだ。……あんたみたいな若い人が犠牲になるのは間違ってると思うんだが、これくらいしかしてやれることはねえ。せめて腹いっぱい食ってくれ」
少し諦念と罪悪感の混ざった苦笑をする店主を私は抱きしめた
その胸のせいではち切れんばかりの上着とともに頭を包む
「ふぉおおおおおおおお!?」
「ありがとう、店主さん。私『贄』としてのお勤めを立派に果たしたいと思います。……ここで生きるみんなを守るために」
人の優しさに触れ、決意を新たにぎゅっと力を入れる
「イチチ、イチチ、その人気絶してる」
「おや?」
コリンの指摘で腕を開くと、なんとも幸せそうな表情をした店主が意識を放棄していた。
他の店でも似たようなやり取りを繰り返し、気付いた時には荷車はいっぱいになっていたので村への帰路につくことにした
「いやー、流石。イチチのおかげで大量だったね……」
「うん、みんな優しかったね」
荷台を引くコリンの隣を村に向かって歩く
うちの村はこの都市に取っての前線基地の様な扱いで、日が暮れ始めた今からでも暗くなる前には着くだろう距離だ
「コリン、1人で引くのは大変だろう?手伝うよ」
「いいよ、イチチがずっと交渉してくれていたから僕は何もしてないんだ。せめて荷運びくらいさせてよ」
そうやって笑うコリンの額には汗ひとつ浮かんでいない
線が細く、身長も……お世辞にも高いとは言えない
そんなコリンもやはり村の人間ということだろう
体力に不足は無いようだ
「でも……予定の倍は越えてる量だよ?なあに、こう見えて鍛えているんだから!」
腕まくりをして力こぶを作ってみせる
プルプル震える腕にコリンは苦笑を返した
「ありがとう、でもいいんだよ。……それに、このくらいはさせて欲しい。僕の自己満足かもしれないけど」
「そう……わかった」
男の意地というやつなのだろうか
少なくとも、この優しい幼なじみを傷つけないためには、言う通りに好意に甘えておこう
コリンの隣に並んで、踏み固められた道を歩くことしばらく
夜の気配を感じる頃には村が見えてきた
「お、やっと見えてきた。日の出に出発出来れば日帰りできるとはいえ、やっぱり街は遠いね。うーん、村長も駄馬を回してくれないかなあ?」
「……」
「まあ、私が行くことはもう無いけどさ、このままじゃコリンが大変だよ」
「……」
「……コリン?」
隣を歩いていたコリンが俯いて立ち止まっていた
流石に街から村までは遠かったのだろう、汗をかいて息も少し上がっている
「疲れただろう、コリン。もう少しだがせめてここからでも私に協力させて」
「イチチ」
コリンの声が私の言を遮って届く。決して大きな声では無かったが、その声は真剣で……何かしらの決意がこもっていた。
「──────僕と、逃げないか」
コリンは私から目を逸らすことなくそう言った
「イチチが邪竜の『贄』になることを、僕はやっぱり納得できない。だって……だって幼なじみなんだ。ずっと一緒に生きてきた君が、あのイカれた村でただ一人僕の共に居てくれた君が、邪竜に食われていなくなるだなんて」
こちらを見つめる瞳には、少しずつ涙が浮かんできていた
「僕と君ならどこででも生きていけるさ!最期にそばに居るのが僕じゃなくたっていい!でも……君の声が、その優しさが、この世のどこからも無くなってしまうなんて……そんなの耐えられないよ」
ついに堪えきれなくなった雫が、踏み固められた道を濡らす
コリンは荷馬車から手を離さず、涙を拭くことも無く、絞り出すように言った
「幸せになって欲しいんだ」
……どう考えても戦闘狂ばかりのあの村には似合わない、心優しい幼なじみの頭を私は抱き締め、撫でた
「コリン、知っているかい。涙というのは、人間の体液の中で最も綺麗な存在なんだよ。……それと共に溢れたコリンの気持ちは、きっとどんなものより美しく、私にとって価値のあるものだ」
「イチチ……」
「でも……ごめん、私は逃げないよ」
大きくは無いが、生まれ育った村を遠目に見ながら言う
「私はね、納得しているんだよコリン。邪竜様の『贄』となってこの地の平和を維持すること、それが私の使命だと言うことを。
確かに、生きていられるのならそれが1番いい。
だけど、この地には魔物がいて……邪竜様の護りも失えば、沢山の人が死ぬ
『贄』になることは怖いよ、でも、コリンや村のみんなが死ぬのはもっと怖い。……自分の死より、ずっとずっと怖い」
コリンは黙って私を見上げていたが、息を吐きながらか細く笑った
「……うん、知ってた。イチチはそう言うだろうって。だから……こんなこと言い出したら困らせるだけだって。ごめん、本当にごめんよ……」
「気にしないで、コリン。……君という幼なじみを持てて、私は果報者だよ。」
私たちはまた、荷車を引きながら村へ向かう
今度はコリンと横並びで
「そうだな……『贄』になることには納得している。でも、この命の最期まで『幸せ』になることを諦めないよ」
私の呟きを聞いたコリンは小さく頷いて、私たちは歩き出した。
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邪竜
それは、完全無敵の最強生物
この地において、空と陸を往くのであればその目から逃れることはできない
勝手をしようものならば、咆哮が空を赤く染め、大地は尾で平たく
というより、過去に実際あったことだ
かつてこの地を支配せんとした外敵がいた
それらは『科学』で武装した軍団だった
空を飛ぶ飛空挺は輸送の問題を解決した
地を走る戦車はそれまでの人対人の構図を塗り替えた
この地に覇を唱えるのにそう時間はかからないと思われた
そしてその国は、一夜にして消滅した
怒れる邪竜はすべてを
その鱗には機銃も砲弾も通用しなかった
海の向こう、遥か彼方という距離は、邪竜にとってちょっとお出かけするくらいの距離だった
邪竜にとって、為政者と軍人と民間人に差はなかった
ただ、邪竜はその国以外は灼かなかった
その後も、邪竜の住まう地の人間を虐殺したりなどもしなかった
人々は理解した、理解させられた
生き物としての格が違うのだと
人間など、五月蝿ければ振り払うような虫けらに過ぎないのだと
それであって、人間を絶滅させるような、生態系を壊すようなことはしない理性的な生き物なのだと
人々は服従を選んだ
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私には前世と思わしき記憶がある
いつ思い出したのかも分からない
ただ、物心つく頃には、経験した訳でもないのにハッキリと覚えていることがあったのだ
以前の私は地球の日本というところでスポーツトレーナーをしていたらしい
女性アスリートから教室のおばちゃん達まで、幅広い層に身体の動かし方を教え、休日は趣味のために海外にまで行くようなアクティブな人物だったようだ
そんな前世の私には、酷く大きな、そう、生まれ変わっても引きずるようなコンプレックスがあった
低身長童顔ぺたん娘だったのだ
小中高と一緒だった親友がグラマラスで綺麗な美人に育つ隣で、一向に私は変わらなかった
高校に入り「成長期は20まで来るっていうから!」と言ってくれていた親友も、大学を卒業する時にはもう生暖かい目でしか見なくなっていた
成人してからの補導未遂が20回ほどあって、地元の警察署では有名人だという話をしたからといってあんまりだったと思う。身分証明書の偉大さを語っただけなのに
私にとって、『可愛い』は褒め言葉では無かった
ずっと『美しい』と言われたかった
ロリコンとぺドフェリア以外に好かれたかった
防犯ブザーが必須装備では無い身体が欲しかった
……にこやかに頭を撫でられる度に、自尊心も擦り切れていく気がしていた
分かっている
コンプレックスを抱えていない人間などいないと
背が高ければ、可愛らしい低さが欲しかったと思うだろう
髪が巻いていれば、濡れ羽色の透き通る髪が欲しかったと思うだろう
胸があれば、もっと小さければよかったのにと思うだろう……いや、思っただろうか。喉から手が出るほど欲しかったが。胸がある人は思ったはずだ、多分、きっと、めいびぃ
『贄』とは、うちの村にある風習である
風習とは言うが、実際のところはこの地に生きる全員に関係するところなので、文化といった方が差し支えないかもしれない
人は邪竜への服従を選んだ
それは自由を捨てると同時に、邪竜の勢力下に入り庇護してもらうことになる
そんなことが無償でまかり通るわけがない
故に『贄』を用意した
食ってよし、慰めてよし、壊してよし、遊んでよしの生贄
邪竜のためだけに育ち、貢がされるためだけの生
最初はもちろん嫌だった
幼馴染のコリンに泣きつき、抱きしめあってわんわん声を上げた
せっかく生まれ変わって人生これからだというのに、一体なぜよくわからないトカゲの餌にならねばならないのかと、眠れない夜もあった
だが、今は納得している。コリンに言ったことは嘘じゃない
この村は、生贄なんていう文化があるのに、あまりにも愛情に満ちていたんだ
この村は、邪竜が住まう城を覆う樹海、それのさらに外延部に存在する
樹海は、邪竜がその身に収めきれぬ生命力により魔界化しており、通常の動植物よりも圧倒的に強い生き物の巣窟となっている
この村で生まれた子供たちは、すべて村の子として扱われ、男女問わず狩人兼戦士として教育される
このような町が樹海の最前線にはいくつもあり、10数年に一度『贄』の担当が回ってくる
それまでに村の子のの中から『贄』を選び、捧げものとして完璧に育てる必要があるのだ
そして、私が選ばれた
選ばれた子は村長の家の者として育てられ、労働や食事において大きく優遇されることになる
実際、肉を求めれば最優先で貰えたし、好きな野菜を求めれば栽培から始まった
労働の義務は無く、代わりに邪竜への研鑽の時間を必要とした
邪竜への研鑽の時間というのは、教養を積み、給仕を学び、禊を行い、邪竜からの求めにいつでも応えられるようにすることだ
帰って来た『贄』というのは確認されていない。おそらく、すぐに食べられてしまうのだろう
だが、腹に入ればすべて同じというわけではない
手間をかけ、改良し、飾り付けることで、本来よりも何倍もおいしいものになるのだ
「父さん、母さん、帰ったよ」
扉の先からは勇ましい声と優しい声が答えてくれた
「おかえりぃ!イチチ!」
「おかえり、イチチ。コリンもお疲れ様。道中大丈夫だったかい?」
ふわりと香るシチューに口の中の涎が大暴走しながらも、明るく出迎えてくれた両親に応える
「大丈夫だよ。コリンも一緒だったし、市場の人たちも優しい人ばかりだったよ」
「そうは言ってもねえ…子供だけで街に行くとなると、盗賊やら詐欺やら心配だったんだよ。そうだ、おなか減っただろう?シチューを温めなおすから待っててね」
ふと気付く。自分がもう随分と母よりも背が高くなっていることに
「ふん、大丈夫だろ!」
ギシィと椅子の背もたれが壊れそうなほど筋肉が寄りかかる音がした
「街道はオレたちの見回りの範囲内だし、周囲の森は自警団が魔物を間引きしている。こっから町までならイチチが危険になるようなこたぁねえよ」
確かに、椅子に座っていてもわかる割れた腹筋にしなやかな脚。この村の村長にふさわしき肉体だ
「もう、それでも心配なものは心配なの。イチチは親のひいき目を除いても魅力的な身体しているし、コリンも可愛らしい顔つきしているでしょう?それに…明日は大切な日だから」
少しだけ沈黙が落ちる。父さんと母さんがつらそうな顔をしているのが申し訳なくて、……だけど、少し嬉しくて
「まあ!何はともあれ飯だ!イチチの大好物のシチューと、肉もあるぞ。たくさん食え!コリンもな」
邪竜のために磨いたこの身に、愛情で味をつける
父さんの、母さんの、幼馴染の愛情を振りかける
顔を見ればわかる
父さんと母さんはコリンが私を連れ出そうとすることを知っていた、もしくは察していたのだろう
私が逃げ出せば、村長としての責任は果たせないのに
それどころか、この地が滅びるかもしれないのに
母さんの腹から出てきたわけではない私を、『贄』の親になることを強いられただけなのに、どうしようもなく愛してくれているのだ
…こんな愛おしい人たちに背を向けて生きていくなんて、私にはできない
生贄なんて、最初は納得できるはずもなかった
だが、実際に邪竜は存在し、人々はその庇護のもとで生きている
一度きりの人生を全力で
私は二度目なのだ
一人にひとつの人生に二つ目を与えられた
そう考えてみればそこまで悪いことではないように思えた
例え邪竜の邪竜のためとはいえ、満足のいく食事と運動で培われたこの身体はすべての人を振り向かせるほどに成長したこの身体
脚は長く、尻は持ち上がり、腰は引き締まり
なにより、誰もが見惚れるこの胸だ
巨乳。何よりも欲した巨乳が自分の身体についている
実の両親の顔は知らないが、他の村人と比べ肌が黒いのは土台から違うのだろう
市場に行けばセクハラされ、村を歩けば幼少より世話になったお隣さんですら視線を感じるこのおっぱい
人によっては不快なのだろうが、『贄』である故に無体なこともされなかった私の自尊心は充実していた
もう、低身長童顔ぺたん娘だった私はいない
親友が誕生日に贈って来た『これであなたもFカップ!』とかいうパットも要らない(親友と殴り合いの喧嘩をしたのは始めてだった)
生まれ変わることができた上に、生涯のコンプレックスを解消させてもらった
そのうえ、愛する人たちの為に英雄のように死ねるという御膳立てまでしてもらっている
前世で国を救うような徳を積んだ覚えはないのだが、これは私にとってのボーナスステージだったのだ
すべて正しい考え方ではないかもしれない。だが、確かな納得が自分の中にある
私は明日、邪竜の元へ行く
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ここの樹海はおかしい
樹海のなんたるかなんて前世の記憶を掘り出しても存在しないのだが、少なくとも外延部に立派な滝が存在したりはしていないと思う
しかもこの滝、どう考えても川の水位に対して高い位置から落ちている
水源がどこかはわからないが、いくつかの細い川がここに集まったと思ったら、急に地面が盛り上がって滝の構造をしているのだ
始めて見た時はまるで意味のわからない摩訶不思議な光景で目を奪われたものだが、その滝で毎回禊を行うとなればもう慣れたものだ
この禊を終えれば、もうここに戻ることもない
家族への抱擁は済ませた
村人たちはおんおんと涙しながら謝罪と感謝を言ってくれた
コリンは…
「なにか、欲しいものはない?」
「欲しいもの?」
「そう。禊の後は真っすぐ邪竜のところへ行くんでしょ?なんか不思議な力で森を案内されるらしいとは聞いてるけど、邪竜の住処って森の最深部だし…暇を慰める程度のものならいいかなって」
もちろん到着前には捨てなきゃいけないだろうけど、と彼は笑った
「じゃあ、油の実をひとつ」
「…いいけど、食べるの?あれそのまま食べるには向いてないと思うけど」
「いいや、ちがうよ。流石に私も胃もたれしたまま食べられたくはないし」
つい苦笑してしまうが、確かに絞る前の油の実をくれと言われたらそう思うのも無理はない
曖昧に笑って濁した私をコリンは不思議そうに見ていたが、私が答えないと分かると握手だけを求めて送り出してくれた
樹海の奥へ足を向ける
木々は勝手に道を開け、均された地面がむき出しになる
どう考えてもあり得ない現象だが、今更もう驚くことでもないだろう
「邪竜様にね、一番美味しく召し上がってもらいたいんだ。みんなで育てたこの身体を」
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森の奥、不気味でもあり、それであって強い神秘性を感じる神殿の中に『ソレ』はいた
『竜』と聞いていたからには巨大なトカゲかそれに準じたものだろうと思っていた
しかし、神殿の奥、本来神像などを祀るためであろう場所には玉座と見間違うほどの豪華な椅子がおいてあった
そこに座すは、筋肉の塊であった村長を優に超える身長と、頭部には羊のような巻角、腰からは光沢もありながらもとげとげしい尾が生えていた
『ソレ』は少しだけ目を開け口を開いた
『ソレ』から…邪竜から発せられる声は全てを平伏させるだけの力があった
「何用だ」
恐怖に身を竦ませながら、手の中にある油の実を握りしめ答える
「私は、此度の『贄』にございます」
そして場面は冒頭に戻る
「待て」
邪竜に近づこうとした踏み出したところを制止させられた
「その手に何を握っている」
しまった。あまりにおびえすぎてここまで握ったままだったが、油の実は神殿に入る前に処理すべきだった。これでは刺客と思われても仕方がないではないか
まあ、下履き一枚、この手に納まる程の暗器で邪竜がどうにかできるものではないが
「申し訳ありません…これは、邪竜様に喜んでいただこうと持ち込んだ油の実でございます」
「油の実?…それでどうして私が喜ぶというのだ」
邪竜も矮小な人間にどうこうできるものは無いとわかっているのだろう
鼻を膨らませ息を吐きながらも警戒には値しないと判断してくれたようだった
「それは、こうするのです」
手の中にある油の実を握りつぶす
油の実は名前の通り油分が豊富で、その硬い殻を破ると上質な植物油が溢れてくる
それを両手で全身に万遍なく塗っていく
もちろん自慢の巨乳にもだ
邪竜の視線私の胸に注がれている
その事実が私から緊張を取り、自信に変えていった
そうだ、この視線は道行くスケベどものモノと変わらない
ならばやることも変わらない
笑え
私はこれから笑って死ぬのだ
前世苦しめ続けられた身体を
今世で磨き上げたこの身体を
一番美しい状態にして、笑顔で邪竜への『贄』として完成するのだ
唸れ、私の 大 胸 筋 !
「サイドチェストォォオ!!!!!」
その時
世界は目覚め
鳥はざわめき
魚は唄い
木々は飛び跳ね
虫たちが笑った
鉄が感嘆の息を漏らし
雷が出番待ちをしている
すべての道が直線となり
人々の心は直角になった
泥が澄み
雲が晴れ
光が闇と仲良しになり
星がローリングし
宇宙は踊った
─────────新時代の、幕が開けた
サイドチェストとは!
胸の厚みを始めとして、腕の太さや背中や脚など、主に横から身体の厚みを見るポーズである
脚に始まり、全身が攣りそうなくらい力を込めながらも、邪竜に対する笑みは微塵も揺らがない
自身が輝きを放っているのではないかと錯覚するくらい視界が明るい
先ほどまで神威すら感じた邪竜は、まるでただの少女のように恍惚とした表情で私を見ていた
「おお…おおお…!」
玉座に座っていた邪竜は、思わずといったように立ち上がり、フラフラとこちらへ手を伸ばした来た
「じゃ、邪竜様!…ど、どうぞ!お召しあ、あが、あがりください!これが私の、最も美しい姿、です!」
ポージングしながらの発言はどうしても上手く言葉が出ない
邪竜の手が私の大胸筋に触れる
やはり…死ぬのは怖い。二度目だと思っても、どんなに納得していても、死ぬのは怖い
そう、思っていたはずなのに
満足だった
前世の趣味であったボディビル鑑賞
低身長童顔ぺたん娘では決して辿り着けぬ境地
その入り口に立つことができた
生きるための筋肉をつけたガチムチな女性と、筋肉のつかない線の細い男性ばかりのこの世界で
私だけが行きついた巨乳
私のコンプレックスなど、すべては美しい大胸筋の前には無意味
この日のために『贄』に選ばれてから、研鑽の時間はずっとポージングの練習をしてきた
スポーツトレーナーの知識と、ボディビルファンの記憶と、邪竜の『贄』の環境という私だけの『事情』
おそらく、瞳孔は開き、筋繊維はいつもより躍動している
自覚がある程キマッている
(ああ…気持ちいい…)
今世になりかなり満たされていた承認欲求は限界突破していた
邪竜は私の筋肉を撫で、逞しい大胸筋にキスをした
そう、今だ。今食べてくれ!
「まだだ」
「…えっ」
「まだだ!お前はまだすべてを出し切っていないだろう、ニンゲン!」
「……はい!」
邪竜はその眼を輝かせて私を見ていた
いや、私の筋肉を、だ
知っている。これは、前世の私の目だ
壇上のビルダーを見ていた私たちの目だ
ならばやることはひとつ!
「邪竜様!掛け声をお願いします!」
「掛け声とはなんだ!」
「とにかく私の筋肉を褒めてください!どんな言葉でも構いません!」
「よかろう!」
私はフロントリラックスのポーズをとり、邪竜の望みに応えるポージングを考える
ちなみにこのフロントリラックスのポーズ、背中を広げ身体を広く大きく見せるポーズなのだが、リラックスと付いている割に全くリラックスできない。ガチガチに力を入れている
「いきます!
「彫刻みたいな体!前世は筋肉だったのではないか!?」
いいえ、つるぺたでした!!
「次はバックダブルバイセップス!」
「背中に羽が生えておるぞ!」
「バックラットスプレッド!」
「なんじゃその背中は!背中が広すぎてパンが捏ねられそうじゃ!」
「サイドトライセップス」
「あ、脚が歩いておる!脚が歩いておるぞ!」
「ぐぅぅぅ、アブドミナルアンドサイ!見てくださいこのカット!」
「カットってなんじゃ!」
「脂肪をそぎ落とすことで浮き出た筋肉のラインのことです!」
「なるほどわからん!」
規定ポーズに加え、
素人の私にはできない
だが、そんな言い訳はできない、筋肉に後退はないのだ
それでも、この永遠にも続く舞台にフィニッシュの時が近づいてきた
「邪竜様!イきます!全部出しきります!」
「よかろう!妾にすべて出し尽くしてみせよ!」
『最も力強い』を意味する、ボディビルといったらこれを思い浮かべるポーズ!
「
ムッキーン!
─────────そして世界は、光に包まれた
────────────*────────────
「いや、そもそも妾は人間食わんぞ」
「えっ」
「いや、食えぬことは無いが、竜はほぼ精霊と同じ。空気中の魔素さえ取り込んでおれば死にはせん」
汗とオイルと筋肉の宴が終わり、心を通じ合わせた私と邪竜様は杯を傾けていた
そこで聞かされたのは衝撃の事実であった
「今までの『贄』は妾がひとっ飛びして他の街に送っておる。どうせ、どこの街も村も雄は足りておらんからな」
「そ、そんな。つまり、私が今までやってきたことは」
すべてが、徒労だったと……
「そう、すべてが人の未来のためとなるであろう」
「えっ」
邪竜は真っすぐ私の目を見ていた
最初の訝し気な目でも、先の熱狂的な目でもない
それは正しく上に立つ者の威厳を感じさせた
「妾は知った。脆弱なる地を這う虫だと思っていた生き物が、こんなにも美しくなるのだということを。
妾は知った。この長く飽きてしまっていた生にこんなにも熱くなれるものがあるのだと
妾は知った。ニンゲンという生き物がこんなにも愛おしいものだということを
誇れ、ニンゲン。貴様が我に教えたのだ。故に宣言しよう。我、精霊竜『プロティーン』は、これより貴様の守護竜となる。わが名を呼ぶことを許そう、ニンゲン……名を聞いておらんかったな」
「……イチチ。大木イチチと申します邪……プロティーン様」
「そうか、イチチよ。貴様、望みは何か無いのか。先の肉の宴の褒美だ、なんでも聞いてやろう」
望み。……そう言われても困る。私はここに死ぬ気で来たのだ
確かにこの身には未熟なポージングや筋肉をもっと磨きたいとは思うものの、それは願い出るものではなく、生きてさえいれば当然の努力として歩んでいく道だ
むしろ望むとすれば、この一時のステージと惜しみない称賛をくれたプロティーン様にこそ何かをお返ししたいくらいだ。……いや、待てよ?それなら私の望むべくはひとつではないか
「それではプロティーン様、お願い申し上げます。実は――――――」
────────────*────────────
「…壮観じゃのう。なんとも素晴らしき眺めじゃ」
豪華絢爛な椅子に座るプロティーン様
「は。お喜びいただけたならば光栄です」
その横で『殿堂入り』と書かれた椅子にパンイチで座る私
「相変わらず話し方が固いのう。妾とおぬしの仲じゃろうに」
「それはそうですが、今は殿堂として皆に見られている状態ですのでご勘弁を」
プロティーン様はやれやれと首を振って、今日のために作られた壇上に目を向けた
壇上に立っているのは、『マッソーフェスティバル』と名付けられた御前大会のために準備されてきた
多種多様な肌色、体格、目をした者たちだが、その誰もがすばらしい
「これこれ。祭りの開祖にそんなにピクつかれては、やつらの筋肉も委縮してしまうだろう。……まあ、楽しみなのはわかるがな。妾が王様などという面倒なことをしているのも、おぬしと毎年のこの祭りを見るためよ。」
可可ッと笑うプロティーン様はまるで少女のようで、その角と尾がなければ竜王だとは思われないかもしれない
あの時私が望んだのは、『この地にボディビルを栄えさせ、それを毎年祭りとして開催すること』だ
これにはいくつか意味がある
ひとつは、今の『贄』の制度を廃止し、プロティーン様が正しく求めるものを祭りとして奉納するというものだ
村からは男を差し出す必要も、悲観にくれる必要も無くなり、プロティーン様は筋肉の宴を喜び見ることができるようになる
また、大会となると当然必要になるものがある。そう、参加者だ
これは到底この森の周りにある村だけでは足りない。だが、その問題もすぐに解決した
肌が浅黒く、身体の大きい種族が遠くの地域で見つかった
遠くといってもプロティーン様にとっては隣の家に行く程度の労力であったろうが、おそらく私の本当の父か母がこの種族なのだろう
しかし、探す気にはならなかった
そもそも、父と母ならばもう居る。優しくて料理上手な父と、逞しくて強い母が居る。それだけで十分だ
他にも、赤い肌に角を持つ種族や青い瞳に四つ腕の種族など多種多様な種族が見つかった
随分と変わった種族だと思ったが、プロティーン様曰く、随分と前からこの大陸にはいるらしい
『贄』であり外に出ることを諦めていたのもあってか、随分と狭い世界で生きていたのだと実感させられた
しかし、身体が大きいといっても、魅せるための筋肉を鍛えているものなどいなかった。
それは当然だろう。産業も流通も未発達なこの世界において、魅せるための筋肉など必要とされていないのだから
故に、プロティーン様に進言した。
文明が要る。豊かで、娯楽が発展し、その筋肉に生涯をかけても生きていけるような下地のある世界が要る、と
それからは早かった
プロティーン様は建国を宣言し、すべての人類はそれに従うことを選んだ
まあ、人々はどんなに協力しても邪竜には敵わないからこそ、足元でこそこそと生きてきたのだ
断るという選択肢は元より存在していなかったのだがそれは仕方が無いというものだろう
そして、別世界の人類の発展を知っている身からすれば異常な速度で国は興っていた
唯一無二の絶対強者、それも、寿命のない存在。その揺らぐことのない頂点を持った国はすべての人が同じ方向を向いて進むことができた
魔物の生存圏から資源を取り出し、多くの人種や技術は混ざり合う
車も飛行機も存在しない世界は、いまや前世に劣らぬ文明となっていた
それでも人は驕らない
だって多分、ミサイルくらいじゃプロティーン様の腹筋は貫けないから
文明が発展したからこそ、竜というのがどれだけの強者か理解してしまったから
「プロティーン様、お訊ねしたいことがあります」
「ナイスカット!なんじゃ、あとにせい」
「2番の腹斜筋で大根おろしたい!わかりました」
「僧帽筋が歌ってる!…なんじゃ、そう簡単に引かれると逆に気になるの。申せ」
「2番の胸が!ケツみたい!では、お言葉に甘えまして。…私の種族の寿命は、精々60年程だと思うのですが、まるで老いる気配が無いのです。なにかご存じありませんか」
「めっちゃ2番推しじゃの!…そりゃそうじゃろう。竜は発生してから世界の終わりまで生きるのじゃ。それと交わる資格を得たものが100年や200年で死んだら困るじゃろう。妾も正確には知らんが、おぬしおそらく不死になっとるぞ」
「2番と、あとは7番がいいですね。グレートケツプリグレートケツプリィ!…そうでしたか。まあ、そんな気はしていました。この前魔物に上半分食べられたのですが、腰から生えてきました」
「肩から脚が…おぬし妾の目を届かぬところで何死んでおるんじゃ!?それあれの時じゃろ、『この
フッと身体が軽くなったかと思うと、尻尾でつかまれてプロティーン様の膝の上に乗せられた
「全く…妾がこの地のすべてを統べる竜とはいえ、愛する者のことくらいは心配なんじゃぞ?というか、護ってやると言っておるのだから、勝手に死地へ行くでないわ」
「申し訳ありません。その、ですね。貴女へなにか贈り物をと思いまして。鬼の顔の背中を見せたかったのです。それには実践によるトレーニングが一番だと昔(漫画で)聞きましたのでトレーニングに」
最後まで話すことは叶わず唇で塞がれる
「わかっておる。おぬしは生まれてから今まで妾以外のために生きたことなどあるまい?…これからも妾のために生きよ。永遠にじゃ」
いつもの、あの真っすぐな眼が私を射抜く
出会った時から変わらぬあの眼だ
突然いちゃつきだした私たちを、壇上の演者も観客もひゅーひゅーとはやし立ててくる
プロティーン様は出会った頃と変わらない。だが、周りの反応は恐れより畏れに変わり、それであってとても親しみやすい王となっていた
「ところで、ずっと書いておったぼでぃびるの指南書とやらは書き終えたのか?」
「それが…指南書は書き終えたのですが、私とプロティーン様の出会いに始まり、現代までの
「ほう、ほう。おぬしと出会ってからの歴史書か、……それもまた一興かの。題名はは決まっておるのか?おぬしのことだ、『竜王国の歴史』なんて題名にはしまいな?」
「はい」
私はとびきりの笑顔で愛する人に告げる
「『
おっぱいが世界を救った話をしようと思う しめりけ @antagatadokosa2147
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