第4話 懐かしい想い

「……」


 オーシュはふいに本のページを捲る手を止めて顔を上げた。

 窓から差し込む暖かな日の光を浴びふわりと吹く柔らかくて心地よい風が、机の上にいくつも開かれていた本のページをパラパラと捲っていく。同時に黒くて長い、ひと結びにしている彼の髪もゆるくなびいた。


「気のせいか……」


 捲れた本のページを戻すために手元に視線を落とすと、窓からひらりと一枚の白い羽が舞い込んで床の上に落ちた。

 オーシュはその羽をつまみ上げ、まじまじとそれを見つめる。


「セイラ……」


 意識せずに口を突いて出たセレジェイラの名前に懐かしさが込み上げる。


 ある日森の奥の湖に落ちてきたセレジェイラを連れ帰り、共に生活をしていたセレジェイラが天界へ帰って、はやくも5年の時が経とうとしている。


「……元気にしているんだろうか」

 

 最初こそ人に対して警戒心が強く心を開こうとしなかった彼女は、オーシュの経営する孤児院の子供たちに触れ、子供たちと同じように聖夜パーティを過ごし、食事を囲む内に心を開いていった。

 心優しく、朗らかな笑みを浮かべる彼女がとても懐かしい。


『……私、行ってきます』


 別れる間際にそう呟いた寂しそうな彼女の言葉が、今もまだ鮮明に残っている。


『オーシュ……最後だなんて、もう二度と会えないみたいなそんな言い方しないで下さい』


 ポロポロと零れる涙をそのままに無理して笑う彼女の笑みさえも昨日の事のようだ。

 あの時、彼女にはやらなければならない事があった。だから、オーシュは彼女の背中を押してやることが自分に出来る精一杯の事だったのを思い出す。


 本当は、心の奥底では天界へ返すことを渋り続けていたが……。


「……はぁ」


 聖人としてあるまじき自分に芽生えた淡い感情が、また疼き出す。

 セレジェイラは天界人になる道を選んだ。天界人になることを選んだと言う事は、同種族であるユリウスと結ばれるのが妥当だ。


 もし次に彼女に会うとしたら、おそらく二人の婚礼の時だろう。

 自分にはもう決められた道がある。自分もその道を進むことを選んだのだ。

 それで良かったんだと思った。


 オーシュは手元の本を閉じると、机の上に顔写真の載った書類に目を向けた。


 孤児院はあれから子供の数が増えて、近頃では他の修道院からシスターを呼び寄せ、忙しさに明け暮れる毎日を送っていた。

 子供達を養育するのに必要な資金を集めに方々走り回っていたオーシュは、孤児院でも休む間も無く、子供達を養子にしたいと申し出てくる夫婦の適正調査を行っている。

 今手元に広がっているのは、その書類だった。


「オ――シュ! ご飯出来たわよー!」


 一階の食堂から、シスターとして同じ孤児院に勤めている幼馴染のアリーナから声が響いて来る。

 オーシュは手に持っていた羽を開いたままの本の間に挟み込む。

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